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『誰のため』

 バレンタインの話をもう一つしよう。

 バレンタインに女子マネージャーからチョコレートを貰う。男子運動部員なら誰でも憧れるシチュエーションだ。だが湘北バスケ部ではそれはない。禁止しているわけではないが、堅物の赤木のダンナは興味がなかっただろうしアヤちゃんも義理チョコを配るとかそういうことをするタイプではない。ハルコちゃんはそういうの好きそうだけどアヤちゃんがやらないならきっとやらないだろう。流川には渡したいかも知れないなぁ。あ、花道はハルコちゃんからチョコを貰ったら今の倍はすごいことをするに違いない。
 こんなふうに前日にすごい花道を想像したことなど部活が始まれば忘れてしまう。三井サンが来てる日ともなれば尚更だ。目の上のタンコブなどと口にはするが実のところ有難い存在で教え方の上手さなんかはこっそり参考にさせてもらっている。

「ちょっと集まってー!」

 俺の練習終了の号令に皆が返事をして各自後片付けして解散となった時にアヤちゃんが皆を呼んだ。
「今日は疲労回復のためのプレゼントがあるよ!はい、一年はハルコちゃんから受け取って。二年はアタシんとこに来て!」
 えーーー!!まさかでしょ?!と思ったが本当にそのまさか。二人が手にしていたのはチョコレートだった。シンプルなラッピング袋の中身はよくある一口チョコの詰め合わせではあったがチョコはチョコである。二年のメンバーは、驚きの顔で、一年はちょっと照れながら受け取っていた。流川は「ウスッ 」って感じの相変わらずの素っ気なさだったがハルコちゃんは緊張しながらも嬉しそうで花道がすげー顔をしていた。だが自分がハルコちゃんからチョコを受け取った時は泣いていた。比喩じゃなくってマジで。今ならあいつ、空も飛べるはず。

「おい、みんなちゃんとホワイトデーにはマネージャー二人にお返しするんだぞ!」
 三井サンがそう締めくくってその日は解散になった。

 俺もアヤちゃんから手渡されて嬉しかった反面、どうしても気になって次の日アヤちゃんに疑問をぶつけてしまった。なんていうか、らしくないと思ってしまったから。そしてあっさり真相を教えられてしまった。
「ああ、あれ三井先輩の案なのよ。」

 雑なようでいろんなことに気を回す三井サンは、ハルコちゃんが流川にほのかに恋心を抱いていることを知っている。そして花道がハルコちゃんにめちゃくそゾッコンなのも知っている。その上で、マネージャーになったハルコちゃんは、流川にだけチョコを渡すなんてことできないだろうと察して皆に配るという案を出してきた。しかもわざわざ一年にはハルコちゃんから渡すっていうハルコちゃんにも花道にも喜ばれるようなやり方をとり(二年はアヤちゃんからっていうのはもしかして俺のため?)更にホワイトデーには流川からもお返しをさせるよう仕向ける念の入れようだ。

「あの人、恋のキューピッド気取りかよ…」
 世話焼きにも程がある。しかもしれっとそれをやってしまう。
「こういう時の三井先輩、立ち位置が女子側なんだよねー。」
 ふふふと笑うアヤちゃんに確かにときめきを感じるのに、頭のどこかで別のことを考えてしまう。

 部活の帰り道、最後はいつも三井サンと二人になる。いつものことだ。コンビニで買い食いしたりジュースを奢ってもらったり部活の先輩後輩でよくある光景。だから昨日も自然に受け取った。
「おい宮城、俺の分もお前にやるよ。食いすぎて鼻血出すなよ。」
 ひらひらと手を振る姿も普段と何ら変わらない。その時の俺は、こんな時間ももう何度もないんだなとほんの少し寂しさを感じてたっけ。
 
 ねぇ、本当は誰のためだったんだよ。

(終)

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