『誰のため』
バレンタインの話をもう一つしよう。
バレンタインに女子マネージャーからチョコレートを貰う。男子運動部員なら誰でも憧れるシチュエーションだ。だが湘北バスケ部ではそれはない。禁止しているわけではないが、堅物の赤木のダンナは興味がなかっただろうしアヤちゃんも義理チョコを配るとかそういうことをするタイプではない。ハルコちゃんはそういうの好きそうだけどアヤちゃんがやらないならきっとやらないだろう。流川には渡したいかも知れないなぁ。あ、花道はハルコちゃんからチョコを貰ったら今の倍はすごいことをするに違いない。
こんなふうに前日にすごい花道を想像したことなど部活が始まれば忘れてしまう。三井サンが来てる日ともなれば尚更だ。目の上のタンコブなどと口にはするが実のところ有難い存在で教え方の上手さなんかはこっそり参考にさせてもらっている。
雑なようでいろんなことに気を回す三井サンは、ハルコちゃんが流川にほのかに恋心を抱いていることを知っている。そして花道がハルコちゃんにめちゃくそゾッコンなのも知っている。その上で、マネージャーになったハルコちゃんは、流川にだけチョコを渡すなんてことできないだろうと察して皆に配るという案を出してきた。しかもわざわざ一年にはハルコちゃんから渡すっていうハルコちゃんにも花道にも喜ばれるようなやり方をとり(二年はアヤちゃんからっていうのはもしかして俺のため?)更にホワイトデーには流川からもお返しをさせるよう仕向ける念の入れようだ。
「あの人、恋のキューピッド気取りかよ…」
世話焼きにも程がある。しかもしれっとそれをやってしまう。
「こういう時の三井先輩、立ち位置が女子側なんだよねー。」
ふふふと笑うアヤちゃんに確かにときめきを感じるのに、頭のどこかで別のことを考えてしまう。
部活の帰り道、最後はいつも三井サンと二人になる。いつものことだ。コンビニで買い食いしたりジュースを奢ってもらったり部活の先輩後輩でよくある光景。だから昨日も自然に受け取った。
「おい宮城、俺の分もお前にやるよ。食いすぎて鼻血出すなよ。」
ひらひらと手を振る姿も普段と何ら変わらない。その時の俺は、こんな時間ももう何度もないんだなとほんの少し寂しさを感じてたっけ。
ねぇ、本当は誰のためだったんだよ。
(終)