ほっとするような微笑みを 心を包み込む海のような言葉を
研究対象の der Sache des Denkens を自分なりに見定めること。これが何より難しい
部分部分の話はここはどうとか出来るけど、もっと大局的な理解みたいのって自分で読み込んで作るしかないんだよなあ。博士課程の最初の壁なのかもしれん
面識はないが後輩(博士課程の新入生)の発表原稿が専門近そうじゃねということで送られてきたので見て、専門が近いがゆえにどの辺で道に迷ってるのかが分かってがんばってくれ……という思いになった。こういうのって教えられるものでもないんだよなあ
昨日舌噛んだの腫れてる
VTuberの配信流してニヤニヤしながら論文校正してる
古本で買った渡邊二郎の本、親族(?)からの謹呈本だった
寝る前に久しぶりにロンサカパ23。ダークラムはやっぱこれだね
鶏肉茹でた後の鍋(鶏は食べたけど分離した皮とか入ったまま)の存在忘れてて久しぶりにデス・スメルを発生させてしまった
永野、面白いかもしれんhttps://www.youtube.com/watch?v=gLyHIozoE8g
メルロ=ポンティが『知覚の現象学』第三部の冒頭でコギトの概念を導入しつつ、文脈としては色んな意識の在り方の記述の列挙なんだけど、そこにさらっと「私はこの仕事を終わらせたい(je veux terminer ce travail)」って書き込んでるのめちゃくちゃ面白いんだよな。本気でいい加減終わらせたかったんだと思う(『知覚の現象学』はマジで長い
レヴィナスのこと論文で書いたらボスから「顔(visage)」って訳語変えられないかな? ってコメントきて「もうさァッ無理だよ!定訳過ぎるんだからさァッ」ってなった
まとまらないがインプットはしたのであとは寝て脳のゲシュタルト性に期待しよう
うーん
まあなんかおかしなことになっているというのは誰でも思っていることだと思うけど、上手いバランスを探していくしかないのだな
東浩紀が「性の話はうんざりだ」として資本論はもともと労働環境の告発だったんだとか言ってるのってマルクス主義や左翼運動の中で抑圧されているものを指摘することから始まったアイデンティティポリティクスの歴史を全否定してて流石にどうかと思うけど、これくらいしないと大衆への開かれは不可能という判断なんだろうな……
カントってちょっとやらないとすぐ細かいところ忘れるな
ヘーゲルが初めて大学で講師になったのは31歳だったのか。意外と遅咲き(?)なのかもしれん
このところ Internet Archive が不安定なのめちゃ厳しい。Internet Archiveのオープンライブラリで読んでる資料がめちゃくちゃあるので……
論文直しながら「もうええでしょう!」って叫んでる
1970年代まで生きてた人が19世紀生まれなの、長寿とはいえ別に当たり前なんだけど、なんかこう想像がつかない
様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。