とある肖像.
✒加州清光
それは父の書斎にあった。
ベロアのカーテンに隠されて、ひっそりとそこに。
微笑んでいるようにも、泣いているようにも見えるその憂いを帯びた表情に、幼い私は心奪われた。
「あの女は魔女よ」
興奮で息を切らしながらその素晴らしい絵について語って聞かせると、そう母は吐き捨てた。
その日僕は、女神を見た。
絶対に近付いてはならないと言われていた敷地の外れの古い塔、
そこにボールを飛ばしてしまった僕は、
ひとり足を踏み入れた。
ずっと使われていないはずなのに、
そこは不思議と整って、
蜘蛛の巣ひとつ見当たらなかった。
…まるで誰かが、手入れをしているかのような。
そんな馬鹿な。
だけど胸は高鳴って、足は自然と階段へ向かった。
ボールはすぐに見つかった。
割れたガラスに頭を掻きながら、ポケットに捩じ込む。
まだ帰る気にはなれなかった。
ここには何か、何かがある。
冒険心を煽られた僕は、そうして塔の最上階、古びた扉の隙間から、彼女を見たのだ。
ゆっくりとベッドから身を起こした彼女の肩から、シルクのシーツが滑り落ちる。
何も纏っていないなめらかな肌を、朝のやわらかな光が撫でていく。
髪はこの辺りでは見かけない黒、陽に透けて赤く、振り返ったその瞳もまた、濡れたような赤だった。
絵本の挿絵なんかで見る女神様とは真逆の色彩、
けれど僕には、彼女こそがこの世界の…いや、僕にとっての女神だと思えて。
思わず息を飲んだ瞬間、あの赤とかち合った。
「…あんた、誰…?」
☆これは亡き父が愛したという女に惚れる、父そっくりの則宗坊っちゃんの則清(ひたすら清光が可哀想)