「シネマの男 父なき時代のファーザーシップ」第12回は、ジョン・フォード監督の名作『わが谷は緑なりき』(1941)を取り上げてます。時代の波の中で徐々に崩壊していく炭坑の村の大家族、その中心だった”古い”父の姿を、これほど味わい深く見せてくれる作品を他に知りません。これ以降数多描かれる父親像の原型と言ってもいいのではないでしょうか。
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名場面に溢れたこのドラマ自体が、一つの普遍的な説話構造をもっているようにも思われます。最後の悲劇が人々の目の前に「上がってきた」ところは、あたかも神話の一場面。何回見ても鳥肌が立ちます。
失われゆくものへの強い哀惜の念と、現実への厳しい眼差しと、人間への深い愛情。家族、親子の関係がこの一作に描き尽くされていると言っても過言ではないでしょう。

現代的視点から見ると、フォード監督の人間観には一種の「保守性」が潜在していますが、むしろそれが、ポリコレ的配慮の行き届いたハリウッド映画の多い中では、今や貴重な美質として伝わってくるように私は思います。

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ところで、昔のビデオのジャケットを見ると、モーリン・オハラとウォルター・ピジョンがクローズアップされていて「恋愛ものか」と思ってしまいますが、恋愛はドラマの一部ですね。
引きのあるビジュアルとして、見栄えの良いこの二人を全面に出したのでしょう。オハラ、この時まだ二十歳くらいですが、すごく大人っぽい。
ウォルター・ピジョンの演じるグリュフィド牧師が、なかなか興味深い人物造形です。良心と誠実さを体現しつつも、諸々の現実には力及ばず、女性の情熱にも応えられない。

語り手である末っ子ヒューの成長物語でもあります。とにかくロディ・マクドウォールがとても健気で私は母性を刺激されまくりなのですが、『猿の惑星』のあの俳優だとかなり後で知りました。名演技です。
しかしこの時代の学校教育ではよくあることだったのでしょうけど、あの体罰教師、あれだけはさすがに「ないわ」って感じですね。また、それにああいう対応をする父親も凄いよなぁ‥‥と。
アマゾンプライムで視聴できます。未見の方は是非とも!

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