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吉村昭『海も暮れきる』読了。
推し(尾崎放哉)のことを推し(吉村昭)が書いた、俺得小説。
「咳をしても一人」などの自由律俳句の俳人、尾崎放哉の最期の8ヶ月を描いたもの。放哉という人は、帝大卒のエリートでありながら酒癖と性格が悪く身を持ち崩し、肺を病み、極貧の中で人生の幕を下ろします。

極貧のどうにもならない生活で、他人を頼り甘えて無心し、恩に感涙するが、その感謝をすぐに忘れ、期待が叶えられないと恨み罵り狼狽し、死に怯え、僅かな希望に縋り、酒に溺れ、といった放哉の乱高下する感情を、吉村昭の冷静な筆致で描き出しています。
これまあ、吉村昭の小説なので、放哉の実際の内面がどうだったかは、分からないんですが。
合間合間に挟まる、生活物資や資金を無心する手紙の文面が、ねちっこくて媚びてていやらしくて惨めでいじましくて、こんなの出す方も受け取る方も嫌だっただろうな、と。

こいつどうしようもねえな、という気持ちで読み進めることになるのですが、挿入される放哉の句が本当に素晴らしくてですね。吉村昭の精緻な情景描写とセットでお出しされるので、句単体で詠むよりも味わいが深くなるというか。
「春の山のうしろから烟が出だした」なんかは、吉村昭ありがとう。

この小説は、放哉の支援者たちの内心はほぼ描かれないのですが、こいつどうしようもねえな、でも生み出す句は素晴らしいんだよな、という支援者たちの気持ちが疑似体験できるのではないか、と思います。
最後まで手を差し伸べてくれる人たちは絶えず、でもその手を上手く受け取ることができなかった。
どうしようもないけれど、どうにもならなかったところに悲しさがあり。どうしようもないけれど、どうにかしようとしてくれた人がいたことに救いがあり。

そして、吉村昭のような自我の確立した人間が、放哉のようなどうしようもない人間を否定したまま共感を抱いて、こういう寄り添うような小説を書いてくれたことも救いだなと思いました。
小説の味わいとしては、意外に恬淡として淡い感じでした。

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