『すずめの戸締まり』をみました。風景描写が美しく、絵にぴったりの抒情性豊かな音楽がついていて映像として完成されていてウェルメイド、鑑賞後に語り合いたい作品になっていました。広く支持されるものには理由がある。
神話的世界から抜け出てきたような遊行の「閉じ師」(荒ぶる自然を封じ、鎮魂を行う祈祷者)の青年を追う、震災遺児の高校生女子の神話的暴走の物語です。彼女の旅を助けてくれるのがみな生活感ある女性たちなのもよい。今どきっこたちの優しさと弱さと「自分なんて生きていて良いのか」と思うからこその暴走も、父性の不在と空虚も、トキシックなマスキュリニティに依らない倫理性の模索もさりげなく描かれて印象に残ります。
震災を消費している、と感じる人はあると思いますが、天皇制と天津神の物語ではないですね。新海誠は新海誠なので、実相寺昭雄的なものを期待したらないものねだりになります。無数のまつろわぬものあらぶるものに翻弄され、たまたま生き残ってしまったけれど生きていていいのだろうか、と生きることそれ自体に罪の意識を抱く無数の生者ひとりひとりが固有の生と使命を納得したい。そんな「小さき人々」の物語でもあるので、いろいろな人が感想をを言うことで現象として完成するのかもしれません。脚本巧者の作品です。先行作品も見て考えてみたいです。
新国立劇場ボリス・ゴドゥノフ。トレリンスキの演出は好きなタイプの演出。ムソルグスキーの音楽とプーシキン原作の台本が堅牢なのでサイバーパンクで揺さぶって21世紀に寄せて宗教と物語に翻弄される人々を描く舞台にしても破綻がない。聖愚者と病身のフョードルを融合させ、子殺しの君主であるからこそ率先して規範的な信仰を示さなければならないボリスの弱みを際立たせる演出がまず雄弁。若々しい美声の高僧ぶりで、歴史を書き、物語によって人を導く特権性とそこに由来する悪を手を汚さずに体現するピーメンのラスボス的存在感が圧倒的で、ピーメンが出てくるとボリスもシュイスキーもかなりの悪なのに小物に見えてしまうし、ぴかぴかのスペースオペラ戦士風黒甲冑を着たにせドミトリーに民衆が熱狂するエピローグにも説得力が増し加わるし、後ににせドミトリーとなる修道士グリゴリーに「後継者」の引導を渡す場面が不気味に静かなのが後からじわじわ効いてきます。大野和士さんと新国立劇場合唱団と都響にも大拍手。
ぜひトレリンスキの演出で《炎の天使》《スペードの女王》《マクベス》を新国で見たいです。
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