上海の街路を短い葬列がやってくる。
道ばたの老人が話しかける。

老人 いつ?
―― 一八八一年一月一日。午前九時十三分でした。
老人 なるほど。倒れてから五日間、とにかく生きてはいたというわけだな。
―― 一度も意識は戻りませんでした。お医者さまの見立てでは脳溢血と……
老人 七十五年の生涯のうち四十年間を、牢獄に幽閉されて過した。最後の五日間は、とうとう自分の身体の中にとじ込められてしまった。パリ、イタリー大通り二十五番地。古い建物の六階の小部屋。ベッドで横になっていると、どこからか隙間風が吹き込んで来る。
―― よくご存知で……
老人 墓碑銘は?
―― 「ルイ=オーギュスト・ブランキ。一八〇五年から一八八一年。主人もなく、奴隷もなく」
老人 よし、行こう。行って、私にも墓に花をそなえさせてもらおう。
―― 故人とは親しいおつき合いで?
老人 そう、終生の友……
―― 失礼ですが、お名前を。
老人 私か? 私の名は、ルイ=オーギュスト・ブランキ。たったいま、上海に着いたところだ。

同じタイトルの佐藤信『ブランキ殺し上海の春』からだが、先の「上海版」に対しこちらは別版「ブランキ版」の冒頭。

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