これもミラー『暗い春』から。

《髪を逆立て、走らず、息もせず歩く男、風見鶏を持ったそいつは街の角々をすばやく曲がって逃げ出す。手段も目的も考えず、ただ、伸びたひげを刈り込んで、すべての星を左舷に見ながら暗い夜の下を歩くことだけ考えている。泥濘のなかで売りつけて、左から右へと同調させた落とし穴で原告の夜を目覚めさせ、冬の海は正午で、船上も空中もどちらを見ても右舷に向かって正午。またも風見鶏が、長い櫂とともに舷窓を通り抜けて、すべての物音が消されてしまう。四つんばいの夜はハリケーンのように音がない。キャラメルとニッケルダイスを詰め込んだ無音。モニカ姉さんはギターを弾いている、シャツの胸ははだけ、腰紐はずり落ち、両耳に広い縁をつけて。モニカ姉さんは石灰と歯磨きで縞々、目はカビが生え、叩かれ、叩かれて、銃眼状。》

もちろん既訳書は参考にしてるし、Google や DeepL 翻訳のサービスも試してるが、どうにもならない。
ダダですね。
時空が交錯し、事物が現実世界ではありえない仕方でつながっている。ヘンリー・ミラーがダダイズムやシュルレアリスムを名乗ったことはないらしいが、ダダはアメリカで完成したとする見方の根拠になりうる例。『暗い春』のかなりの部分がこんな調子で書かれている。

フォロー

不注意による誤記や論理の破綻はあるとしても、ミラーの攻撃性が言語システムに対して発揮されたことはなさそう。
小説であろうとする限り、統辞法には従わなければならない。
そこを踏み外すと、詩になってしまう。ダダにはその指向あり。

ログインして会話に参加
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。