中国人のような異常な人生とは――
不自然に活発で、不自然に健康で、不自然に冷淡で、花や岩や木のように生き、自然と戦いながら同時に自然とともに生きる、そんな生き方。
中国人を不審がったり、けなしたりしているのではない。逆である。ミラーは人としての生き方の理想を中国に見ており、ドゥルーズらの『千のプラトー』もそれを引き継いだ。中国人なら壁抜けができるとの『千のプラトー』の論が『南回帰線』のこのあたりに拠っていることは、著者らが認めている。再掲すると、
《壁を通り抜けること、たぶん中国人ならできる。しかしどんなふうに。動物になること、花または岩になること、さらにまた、不思議な知覚しえぬものになること、愛することと一体の硬質になることによって。 》