ひきつづきミラー『暗い春』から
あてもなく雨のなかを歩いているうちに、かつて何度も夢で見た街に出て、それがいま現に自分の歩いている街なのだ、ということがある。
ある日、そんな街で男が舗道に倒れていた、両腕を広げ、ちょうど十字架からおろされたところといった格好で。
ふいに男を囲んだ人の群から嵐のような笑い。
私が人をかきわけて前に出ると、犬がうれしそうに尻尾を振っている。男のズボンの前が開いていて、犬はそこに鼻を突っ込んでいた。
別の日の同じ場所、肉屋の前の通りに男が倒れていた。
近寄って見ると、前と同じ男だった。ズボンのボタンははめてあり、そして死んでいた。
男の死骸のほかに人影はない。人声も嵐のような笑い声もない。
だが、夢ではなかった。ならば、私は気が違ったのか。
両手を広げて肉屋の前で倒れていた男は、この私ではなかったか。
私は自分が訪れた先で、いつも死骸をひとつ残してきた。
そのたびに私はかがみ込んで、私が置き去りにしようとしているものが、私の自我であることを確かめた。
私は同じことを繰り返して生きてきた。いまも繰り返している。
雨が降り出すなかを、あてもなく歩きはじめると、旅の途中で脱ぎ捨ててきた自我のすれあう音が聞こえてきて、さて私は、これから先どうなるのだろう。――