<Day30-3>
Unnamable Booksのドアを開けると奥のほうに人々が集っている気配がした。そちらを目指して行くと、書店にはどうやら裏庭があるらしいことが本棚の合間から伺えた。その裏庭に通じるドアに近い本棚のところに、あの髪型はどこからどう見てもマシュー・ベイカーだろうという人影が! 「Hey Matthew!」と背後から声をかけられて振り向いたマシュー・ベイカーは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐになんのことだか理解したようだ。黒い、生地の軽そうなふわっとした上着にブラックジーンズに黒いブーツ。ちょっとゴスっぽいとかいうんだろうか? 目が独特だ。一応怪しまれないように自己紹介するやいなや志文のことを訊かれる。「なかなかひどい少年時代を過ごしたと言ってたけど、あれほんと?」
いきなりそこかよ、と思うが、彼だけじゃなく、家族全体がとんでもないShit holeのMessだったんだよと教えてあげる。なんだか嬉しそうじゃないか。バイクの動画を見たというから、そうそう、彼はメカニックが本職なんだよと情報提供。ビリヤードじゃないのかというから、あれはスヌーカーといって英国のなにかなんだよと伝えると、サイモンと出会うまでまったく聞いたことも無かったという。
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ブックリーディングが始まりそうなので彼を裏庭に促す。
会場は書店の裏庭のオープンエアーのステージだ。ステージ背後に巨大な「Unnamable Books」の立体看板が横たわっている。ウッドパーツの下の方が朽ちたアンプ付スピーカーにマイク1本。
マシュー・ベイカーが3人目として登場。
世の中にはぶっ飛んでいる人たちがいるのは、こういう世界で幸いなことに長く過ごしてきたのでよく知っているつもりだが、この作家はもうここまで辿り着いているんだなというのが朗読を聞かずともわかる奇妙な造本。それが彼の手元にある。オレンジ色が印象的な表紙だが、蛇腹に開くページのなかに見えているのはまったく訳の分からないミニマルなアクションライティングのような文字列だ。空白が気になる。
四人目が終わり散会。
パイプ椅子のオーディエンスたちとの歓談時間ということだと思うので、ゴチャゴチャする前に最後列に座っていたマシューに声をかけ、サイモンの訳した『アメリカへようこそ』に志文宛てのサインを入れてもらう。立ち話。背後に誰か来たのを感じて振り向くと、先ほどまでマシュー・ベイカーが朗読していた『Sentence』を手にした男性。すぐにその場を譲ってレジに向かい、僕も2冊購入。
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Allicetteはくたくただ。だがこちらもそれなりにくたくたである。
とはいえ今回については今夜が話をできる最後の機会ということで、時間を惜しむようにとりとめもない会話を交わす。
11時になりOdinを散歩に連れ出し、用が済んで帰宅。ハーネスを外すのを待って、おやすみなさい。その前にいくつか重要なやりとり(約束)を交わした気がする。
Allicetteの無人のスタジオの小さな電気が点いてたままなので、またちょっと見学させてもらって、それで見納めにしようかな。
最終夜。
絵を描いていると不思議なことあるなあ。とか、そんなことも思いながら、この旅を終えるべく心の準備をしている。明朝はUberで助かったわ。空港でバイバイとか気恥ずかしくて嫌だからね。こういうときは他の何かよりも強い酒の方が沁みるな。
さてこれから朝まで最後の自由時間。
パッキングしないと。午前1時半ということで、徹夜が正解なのか少し目を閉じるべきなのか微妙。これまで、寝坊、飲み過ぎ、パスポート紛失などで、何度かフライトをミスしている。しょうこ先生からタケノコの写真付きで届いたメッセージが郷愁を誘わなくもない。