2
「まぁ、俺のグッズなんて無いので」
テバはへらりと笑った。もぐもぐとさつまいもの最後の一欠片を頬張っていたリーバルは、濡れた掌をハンカチで拭い、テバの大きな翼の手を取った。
「……!?」
なけなしの大人の余裕が崩れて、テバは嘴にかっと熱を感じた。もう片方の翼で顔を隠そうとするも、そこにはリーバルがテバのコーヒーを押し込んでしまった。
「え、あの、リーバル君、これはちょっとマズ」
「何が?」
世間体とかそういうのだよファンや同級生に見られたらどうするんだという説教を、男は嘴にすることができなかった。
「こっち」
恋人はずんずん進んでいく。身長差があるためにつんのめることこそなかったが、コーヒーを溢さないようにテバは気を遣い遣い着いていく。
店を出て、隣のモールに入り、エスカレーターを上へ上へ。そうしているうちに、光は眩しいのに薄暗く、雑多な電子音が流れるフロアに辿り着いた。
「こんなとこにゲーセンあったのか……リーバル君がこういう所を知ってるのも意外だな。」
「上の階で映画を観た後、皆ここに寄るんだよ」
友達同士でか、若いなと思いながら、テバはコーヒーを飲み干した。苦味を嘴の中に残して、紙コップを屑入れに放る。
リーバルは足を止めない。格闘ゲームの筐体を横目に、区画の奥へと入っていく。
4
テバは鸚鵡返ししかできなかった。
「君は僕のグッズを買ってくれるから満足してるだろうけどさ」
「満足はしてないな」
「うん?」
「何でもありません。えっと、そうだ、写真なら携帯端末に入ってるでしょう?」
「そうなんだけど、違うんだ」
テバは首を傾げた。
「写真はグッズじゃないだろ。もっと小さい、こういうのが欲しいんだ。端末のカバーに入れたり、どこかに貼ったりするから。」
確かに、リーバルの携帯端末のカバーは少し前からクリアなものに変わっていた。
「え、そんなところに」
「皆やってるよ」
「え、え? あの、ちょっと待ってくれ」
「やだ。これにしよう!」
状況を整理する前に、テバはブースの中に連れ込まれてしまった。
[お金を入れてね!]
硬貨を入れる音がいくつがしたあと、きゃぴきゃぴとした音声案内が始まる。
[効果を選んでね!]
「無しでいいよね。僕らには合わないだろうし、そのままがいいし」
「いやあの、そうだお金」
「君のグッズを買ってるんだから僕が出すに決まってるだろ」
「いや、」
[それじゃあ撮るよ! カメラの方を見てね。さん、にぃ、いち、ハイ、ポーズ!]
3
そこにあったのは幾つかの四角いブースだった。ブースはビニールの垂れ幕に覆われている。垂れ幕には切れ目があって暖簾のようにくぐることができた。
ブースの壁面には、白い陶器のような肌、ツヤツヤの美しい髪、星が映り込んだ大きな瞳を持つ美少女たちが印画されている。
「うっ、」
テバは呻いて足を止めた。自分の場違いさに眩暈がする。
「……嫌だった?」
男はハッとして恋人の顔を見た。リーバルの嘴はきゅっと引き結ばれ、眉は釣り上がっている。一見すると怒っているようだが、恋人であり大人であるテバには、青年の不安はきちんと伝わっていた。
「いえ、嫌ではありませんよ。ただ……、」
「ただ?」
「こういう所って、男だけの客は入っちゃダメだった気がするな」
「えっ?」
品行方正な青年は辺りを見回した。それから思い出したように言う。
「そんなことはないと思うよ。僕、ここに野郎だけで何回も来てるから」
「それはまた……」
「勘違いしないでね。自撮り好きな知人がいるんだよ」
リーバル君もナルシストの気があるものな、という言葉をテバは呑み込んだ。
「で、その、俺と撮りたいってことでいいんですか?」
うん、と青年は頷いた。
「なんでまた……」
「だって、僕もテバのグッズが欲しいから」
「おれのぐっず」