10テ8バの日、現パロ恋人リバテバ1
「そういえば、今日はテバの日だね」
歳下の恋人が脈絡もなく言った言葉に、テバは首を傾げた。
「俺の日?」
「語呂合わせだよ、ほら」
説明されて得心がいった男は頷き、ほっこりと胸が暖かくなるのを感じた。目の前にいる青年、リーバルは基本的に自立しているが、時折こうして年相応に無邪気な姿を見せてくれる。ヨレた社会人の自覚があるテバにとって、その姿は可愛らしく、かつ眩しいものだった。
秋口の涼やかな夜風に吹かれるコーヒースタンドに二人はいた。いわゆる週末デートというやつだ。もっとも、帰る家は隣同士なのだが。
「"リーバル様の日"と違って何もありませんが……ん、そういえばうちに美味しいスイートポテトがあります」
「今まさに新作のスイートポテトフラッペを飲んでるんだけど」
「えっ、うち来ないんですか。食べ盛りなのに?」
「いや食べたい」
食い気味に答えた恋人に、男は腹の中で作戦成功を喜んだ。これで家に呼ぶ口実ができた。
「試合は終わったし……というか、君がもてなすのかい?」
テバは首を傾げ、そういえば"リーバルの日"にはSNSがお祭り騒ぎになっていたことを思い出した。ファンが投稿した写真には公式のグッズから各自で作ったグッズ、はたまたイラストまであって、なかなか見応えがあった。
3
そこにあったのは幾つかの四角いブースだった。ブースはビニールの垂れ幕に覆われている。垂れ幕には切れ目があって暖簾のようにくぐることができた。
ブースの壁面には、白い陶器のような肌、ツヤツヤの美しい髪、星が映り込んだ大きな瞳を持つ美少女たちが印画されている。
「うっ、」
テバは呻いて足を止めた。自分の場違いさに眩暈がする。
「……嫌だった?」
男はハッとして恋人の顔を見た。リーバルの嘴はきゅっと引き結ばれ、眉は釣り上がっている。一見すると怒っているようだが、恋人であり大人であるテバには、青年の不安はきちんと伝わっていた。
「いえ、嫌ではありませんよ。ただ……、」
「ただ?」
「こういう所って、男だけの客は入っちゃダメだった気がするな」
「えっ?」
品行方正な青年は辺りを見回した。それから思い出したように言う。
「そんなことはないと思うよ。僕、ここに野郎だけで何回も来てるから」
「それはまた……」
「勘違いしないでね。自撮り好きな知人がいるんだよ」
リーバル君もナルシストの気があるものな、という言葉をテバは呑み込んだ。
「で、その、俺と撮りたいってことでいいんですか?」
うん、と青年は頷いた。
「なんでまた……」
「だって、僕もテバのグッズが欲しいから」
「おれのぐっず」
4
テバは鸚鵡返ししかできなかった。
「君は僕のグッズを買ってくれるから満足してるだろうけどさ」
「満足はしてないな」
「うん?」
「何でもありません。えっと、そうだ、写真なら携帯端末に入ってるでしょう?」
「そうなんだけど、違うんだ」
テバは首を傾げた。
「写真はグッズじゃないだろ。もっと小さい、こういうのが欲しいんだ。端末のカバーに入れたり、どこかに貼ったりするから。」
確かに、リーバルの携帯端末のカバーは少し前からクリアなものに変わっていた。
「え、そんなところに」
「皆やってるよ」
「え、え? あの、ちょっと待ってくれ」
「やだ。これにしよう!」
状況を整理する前に、テバはブースの中に連れ込まれてしまった。
[お金を入れてね!]
硬貨を入れる音がいくつがしたあと、きゃぴきゃぴとした音声案内が始まる。
[効果を選んでね!]
「無しでいいよね。僕らには合わないだろうし、そのままがいいし」
「いやあの、そうだお金」
「君のグッズを買ってるんだから僕が出すに決まってるだろ」
「いや、」
[それじゃあ撮るよ! カメラの方を見てね。さん、にぃ、いち、ハイ、ポーズ!]
2
「まぁ、俺のグッズなんて無いので」
テバはへらりと笑った。もぐもぐとさつまいもの最後の一欠片を頬張っていたリーバルは、濡れた掌をハンカチで拭い、テバの大きな翼の手を取った。
「……!?」
なけなしの大人の余裕が崩れて、テバは嘴にかっと熱を感じた。もう片方の翼で顔を隠そうとするも、そこにはリーバルがテバのコーヒーを押し込んでしまった。
「え、あの、リーバル君、これはちょっとマズ」
「何が?」
世間体とかそういうのだよファンや同級生に見られたらどうするんだという説教を、男は嘴にすることができなかった。
「こっち」
恋人はずんずん進んでいく。身長差があるためにつんのめることこそなかったが、コーヒーを溢さないようにテバは気を遣い遣い着いていく。
店を出て、隣のモールに入り、エスカレーターを上へ上へ。そうしているうちに、光は眩しいのに薄暗く、雑多な電子音が流れるフロアに辿り着いた。
「こんなとこにゲーセンあったのか……リーバル君がこういう所を知ってるのも意外だな。」
「上の階で映画を観た後、皆ここに寄るんだよ」
友達同士でか、若いなと思いながら、テバはコーヒーを飲み干した。苦味を嘴の中に残して、紙コップを屑入れに放る。
リーバルは足を止めない。格闘ゲームの筐体を横目に、区画の奥へと入っていく。