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当時の私は沸点が低くそういうアイデアが出たら即座にキレていたが、班の人間にはあまり伝わっていなかった(私が自分自身の考えを喋るのが下手だったから、というのが大きい)。だめなネタだからやめよう、ではなく怒っている人間がいたら話がすすまないからやめよう、と取り下げられた。そういう思い出話。

中・高生のころ、体育の授業で創作ダンスをやれとか、家庭科の授業でひとつコンセプトを決めてお店を考えろとかいう課題が出ると、そのとき耳目を騒がせている事件・事故(しかも人死が出ている)を持ち出してくる人間がひとりやふたりいた。
あのくらいの年齢だと、そういうのを安直にモチーフとして出してくると思っていたけど、中・高生くらいの感性のまま変化のなかった人間も少なくないのだろう。

映像に登場した事物を、
"人種的・歴史的なサブテキストが、露骨に飛び込んでくる。
歴史を知らないからではない。
きちんと調べて、それも最近新しく言われ始めた歴史をちゃんと勉強している。
そう受け取れるほどの仕上がりでした。"
と、ポイントをあげて解説している。

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ネイティブアメリカンのかたと結婚された日本人による、Mrs.GREEN APPLEのMVについての記事。世間では件のMVに「歴史を知っていたらこんな描写はできない」てな反応があるらしく、「知識の有無は無関係では?」と思っていたのでそれを裏付けられた(裏付けられてしまった)ような感想を持った。
yuroksmomlife.com/mrs-green-ap

「虎に翼」作中に出てきた花岡奈津子の絵を美術史の視点から見、また同時代の女性画家たちについてのインタビュー。門外漢なので、題材の取り方と画風の話は新鮮に読んだ。
tokyoartbeat.com/articles/-/to

さておき、贔屓チームに何年ぶりかで景気のいい話があって嬉しい。

昨日は久々にスポーツニュースのはしごでもと思ったが、体調が悪かったのでよした。……よくよく考えたら、ニュースのはしごをやらなくなったのは、どの局もほとんど同じ切り口で面白くなかったからだったな。

「光る君へ」の宣孝は、狙っていた女が異国の若い男と懇ろになりかけていたり海産物に舌鼓を打つ姿に焦って求婚を申し入れる様が、「女が理解の埒外になろうとしている不安に耐えきれず手元に置こうとする」感があってよけいにダメだろこいつ感があるんだと思う。

録画していた「食都なにわ24区✕24時」見た。激安スーパーの半額になった惣菜を大量に買う女性が映って「わたし、半額おばちゃんて有名やねん」と言っていたが、TVはそういうフレーズで済ませてはいけないのでは(教会を運営しているという言葉で、もしかしてと思ったらやはり以前ニュースで見た覚えのある牧師さんだった)。
fnn.jp/articles/-/598381?displ

こんな時間だしやめようかとも思ったが、贔屓チームの負けを癒すためにアイスクリームを食べた。リーグ優勝のほうがそりゃあ価値がある。あるけれども、贔屓チームにはここ数年景気のいい話がまったくないし交流戦優勝してみたい。

しかしさ、「光る君へ」での道長にしろ宣孝にしろ、いきなり忍んで行くとか「儂の妻になれ」とか、文のひとつもよこさずに無礼すぎひんか?

日本の報道で、この方面からの批判は珍しいような。
"ピンクウォッシュとは、国の政策や企業の商品などにおいて、人権侵害などの不都合な事柄を覆い隠すため、LGBTQを支援する姿勢を打ち出して、良い印象を与えようとするイメージ戦略のことだ。"
戦争に利用される「ピンクウォッシュ」 イスラエルの"LGBTQフレンドリー"イメージ戦略とは
news.ntv.co.jp/category/intern

以前このように言ったけれども、「親子ほど年の違う相手との結婚」をまっとうな、つまり現代の視聴者が受け入れやすい恋愛に描こうとして、それでも取り去りきれなかったのがあの「嫌さ」だったんじゃないか。
現代と価値観が違いすぎるのだから、変に脱臭しようとせずさらっとやるほうがまだマシだったのでは……。
「佐々木蔵之介だからキモくない(普通だとキモい)」とか「佐々木蔵之介でもキモい」みたく言われているのを見たけれども、そういう問題か?
QT: fedibird.com/@kisadalog/112388
[参照]

kisadalog  
「光る君へ」。このドラマの宣孝から、うっすらと嫌な感じが漂ってるのは意図的なものなのか、はたまたわたしのバイアスゆえか。

「虎に翼」はわたしにとって相当興味がうせているらしく、今日は「これこれこういう場面、あれって」「えっ、そんな場面あったっけ」という会話をした。家族が録画して見ているので耳には入ってくるが、頭には入っていない。

「虎に翼」。花江はホーマーが一族郎党をなくしたことを知って恨みをやわらげる……みたいに描かれていたが、あの当時の日本でユダヤ人の虐殺はどれくらい知られてたんだろうか。

SNSでの意見表明は、そもそもの出発点である記事などにろくに目を通さずしてのものだったり、読んでいても自身のもともとの主張に沿うところだけを拾ってきているという偏見がある。だから、「こんなことがあったんだって」とか「何某はこういう主張をしている」みたいな話は、疑うかせめて一旦脇において言及は避けるようにしている。(できているとは言っていない)

いわゆる「二次創作」において、男女カップリングは男男カップリングに比べカジュアルに「地雷」と言われるような気がする。原作の描写に「権威」が見出されるのと、なにより社会における強固な異性愛規範が影響するからだろうか。

まあまあ思い入れのあるカップリング(仮にA✕Bとする)をTwitterで検索していたら、「海外のファンアートではA✕D、それどころか三人でいちゃいちゃするC✕D✕Aなるものがあるそうで、A✕BやC✕D派の人は発狂しそう」なるツイートがひっかかり「なめとんのんか」という反応が出た。

話はズレる。インターネット上での「反ワクチン」批判はしばしば「陰謀論に毒されているか、科学的知識のかけた頭の悪い人間」という体でなされるという印象がある。ので、「反ワク」ないし「反ワクチン」という単語を見ると警戒心が働いてしまう。
ワクチンをなんらかの悪事のためのツールだとみなす考えが流布していることはむろん知っている。わたしのこういう考えは、それこそ単なる逆張りなんじゃないか?

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