「光る君へ」。このドラマの宣孝から、うっすらと嫌な感じが漂ってるのは意図的なものなのか、はたまたわたしのバイアスゆえか。

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以前このように言ったけれども、「親子ほど年の違う相手との結婚」をまっとうな、つまり現代の視聴者が受け入れやすい恋愛に描こうとして、それでも取り去りきれなかったのがあの「嫌さ」だったんじゃないか。
現代と価値観が違いすぎるのだから、変に脱臭しようとせずさらっとやるほうがまだマシだったのでは……。
「佐々木蔵之介だからキモくない(普通だとキモい)」とか「佐々木蔵之介でもキモい」みたく言われているのを見たけれども、そういう問題か?
QT: fedibird.com/@kisadalog/112388
[参照]

kisadalog  
「光る君へ」。このドラマの宣孝から、うっすらと嫌な感じが漂ってるのは意図的なものなのか、はたまたわたしのバイアスゆえか。
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