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自分用のお土産に買った生姜入り加賀棒茶、香りが良くてとてもおいしい

今日は選挙のビラ配りしてたら雨なのにがんばってるね!と声をかけてくれた人がいてなんだか嬉しかった 投票もよろしく頼むぜ

シビル・ウォーを観ました 

永遠に緊迫したシーンが続いてどっと疲れた。すごい映画だったという気持ちとちょっと冷めた気持ちが入り乱れており…

・これまでキルステン・ダンストの出演作あまり観たことなかったんだけど印象的な演技でよかった。カメラマンとしての貫禄と疲れきった精神の塩梅に惹かれました。
・リーの心が戦場から離れて(逃避して)いくにつれて、ジェシーはどんどん戦場に適応していき、最後のシーンではもう最初と立場が逆になったんだね。
・噂に違わぬジェシー・プレモンス、ああいった最悪さをわざとらしくなく演じておりマジで話が通じない人っぷりがすごかった。興奮状態でやらかしてしまうのではなく、あくまで自然体なのが余計に怖かった。
・政治的な題材のはずなんだけど不思議なほど政治的なものを感じず、ていうかかなりそこらへんボヤかされてたよね?
・内戦とはいえバカスカ戦車や兵器が出てくる場面ではアメリカはイスラエルへの軍事支援を続けてるんだよなとか輸送機?が飛んでる場面では沖縄はこの比じゃない爆音で米軍の戦闘機飛んでるんだよなとか所々でそういうことを思い出した。
・結論→アメリカははやく銃規制した方がいいと思うし、日本は金儲けのために軍事産業に参入してるの本当にカス…(そこ?)

高市回避!?日本でも女性の首相が誕生してほしいとは思えど女性なら誰でもいいって訳じゃないので…はい…

睡眠が通るボスはぜんぶリリムとアクィエルでどうにかする それがアタシの勝算

KAOSのこと 

カイネウスについて、原作の「性暴力を受けた経験から男性になることを望んだ」ってのは現在では「何もなければ"女性のまま"でいられたはずなのに…」「男性優位を羨んだ一時的な思い込み」等トランスヘイターが使うような言説に絡め取られる危うさがあること考えると、アマゾネスの掟を持ってきたのはなるほどなぁと思った。いや追放にしたってもちろん辛い経験であることは間違いないけど…。記事のトランスジェンダーの人生過程に置き換えているって感想にはハッとした。
ほかにも部分的に改変されてるところあるみたいだけどギリシャ神話のこと全然知らないからインターネットでちょろっと調べた上辺だけの知識ではわからないのたくさんあるぜ。おもしろいドラマでした。
次回、民衆蜂起編(それそれ〜!)

もく さんがブースト

ドラマ『KAOS/カオス』感想

ギリシャ神話を現代風に大胆に翻案。家父長制の全知全能をきどる糞野郎を失墜させる計画に参加しませんか。クィア・クリエイターの作る、クィアな人たちが体制に反抗していくリベンジ・ストーリーが待ってます。主人公のひとりであるカイネウスは、もともと女で海の神ポセイドンによって男に変身した…という神話設定がありますが、今作ではトランスジェンダー俳優のミシア・バトラーが演じています。

👇 ネタバレあり
cinemandrake.com/kaos-drama

巨人に追いかけられる怖い夢見た。正確には夜な夜な徘徊する巨人に食べられてしまわないように対策を講じる夢。
巨人が来る日には法則性があるらしくて、誰か一人食べた後、数日は間を空けるっぽい。
姉がすでに食べられており(食べられとんのかい!)次に来る日までに急いで対策しなきゃならなかった。
巨人は濡れた本が好きだから、誘導のため漫画本濡らしてどこか遠い所まで置きに行こうとしてた。あと湿った落ち葉が嫌いだから落ち葉集めて家のまわりを囲おうとしてた。
なんとも嫌な夢だったな…

夕飯に餃子とカレーパン食べたんだけどあきらかに油分過多で後悔してるところ ていうか食べ合わせ悪すぎ

レタス切ったら中がイモ虫に食い荒されてて可食部が結局1/4くらいしかなかった おいしいレタスだったんだろなとは思うけどうちももっとレタス食べたかったわね イモ虫は外にぶん投げた

災害があると井戸に毒だの窃盗団だのといったデマが当たり前みたいに流されて多くの人がそれを真に受けてしまうのを見ると全然変われてないんだなと痛感する 最近はマスメディアによるデマへの注意喚起もあったりするけどそれだけじゃ歯止めはかけられないし

虫で思い出したこと
こないだやたらと鳶が飛び回っててなんだろと思ったら牧草刈り取ってるところに集まってたのね。たぶん草陰から出てきた虫=エサが目当てだったんだろうな。トラクターのすぐ横を10羽以上の鳶が我が物顔でうろうろ歩いてんの、さすが図太ぇ野郎どもだぜ

もく さんがブースト

「正義」とか「悪」とかを実体化して語るところからして落とし穴で、担い手である人間が消える。前掲の関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺にしても、ある人間たちが・特定の信念にもとづいて・虐殺したというしくみを、抽象化して文学的修辞におとしこむのよくない。

もく さんがブースト

「「やつら」を懲らしめようとする正義の暴走です。関東大震災の時の朝鮮人虐殺が、まさにこれでした」

asahi.com/articles/ASR9X3SH1R9

佐藤冬樹『関東大震災と民衆犯罪』を読むと、自警団構成員は「殺してもいいという国家のお墨つき」が出たとして倫理のリミッターを外していたことが指摘されている。

「民衆は国家の後ろ盾を強く意識し、「公許の殺人」を犯したと認識していた」

「国家との間には、前線の兵士同様に「殺しても良い」という黙契が成立していた。当初の経緯を考えても、彼らがこの黙契を信頼するのは当然であった。言い換えれば、彼らは町や村を代表して、朝鮮人に「報復」を加えた」(以上、上掲書)

「俺がやる」と「やってもいいらしいからやる」との違い。「せっかくだから殺した」的な証言もあった。

「正義の暴走」と(いささか紋切り型に)抽象化する前に、国家という権威が許せばぶっ殺してまわる根性をえぐり出したい。

(2023年10月3日のツイートを再掲)

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