コツコツと響く音を聞きながら、普段はあまり通ることのない廊下を進む。
抱える紙袋はまだほんのり温かく、早く届けたい気持ちが歩調を速めていた。
角を曲がり辿り着いた扉の前で、ノックをしようと拳を作り……ふと思い直す。袋の中身は無事かな?
………うん、よし。大丈夫そうだ。
そうして袋を抱え直し、軽いノックを2度。誰何の声が飛ぶ前に口を開く。
「サザントスさん、ロンドです。あなた宛の荷を預かってきました」
『入れ』
失礼します、と入室すると、暖炉の火が小気味良い音を立てて爆ぜた。
サザントスさんは白銀の髪を暖炉の火で薄赤く染めながら、その暖炉の前に立っていた。
「誰からの荷だ?」
「ミト――“選ばれし者”です。急ぎあなたに渡したいと」
「………。」
表情は変わらないまま、けれど纏う空気を静かに引き締めて、サザントスさんが紙袋を受け取る。
ガサ、と袋の口を開け、中を確認し――…瞬いた目が僅かに丸くなった。
「ロンド」
「はい」
「何をニヤけている」
「えっ、いえ、ニヤけてなんか」
どんな反応をするかな、とは思っていたけど、ニヤけてはいない……! はず。
サザントスさんはと言うと、呆れたように息を吐きながら袋の中身を取り出していた。
“それ”が顔を覗かせた瞬間、甘い香りが広がった。
袋の底に敷かれていた台紙を皿代わりにテーブルへと置かれ、飴色の果肉がよく見える。
「“選ばれし者”が何故私にアップルパイを? 否、そもそも本当にあの者から預かったのか?」
「間違いなく彼女からの贈り物ですよ。なんでも、今朝あなたを見かけた時の表情が気になったとかで、これで一休みしてほしいと言っていました」
「今朝…? 疲労はしていなかった筈だが」
「何か思い詰めているように見えた、だそうですよ」
「………よく見ている。まあ良い、ちょうど一息入れようと思っていたところだ」
その言葉通り、テーブルの上にはティーセットが置かれている。
流れるように紅茶を注ぎ、ブランデーを数滴垂らしたところで、サザントスさんは手を止めないまま何気なく尋ねてきた。
「お前も同席するか」
「え…よろしいので?」
「そのために2ピース入っているのだろう? 私が2つ平らげても良いが、あの者のことだ。お前の分として入れてあるのだろう」
実は、預かった時に「ロンドの分も入れてあるから、もしサザントスさんが忙しくて一緒に食べられないようなら、ロンドが1ピース持って行ってね」と言われていた。
その優しさには胸が温かくなったし、サザントスさんとお茶できるかもと思うと心が弾んだし、実際に今相伴に与れて、とても嬉しい。今日はいい日だなぁ……。
「その顔を仕舞わねば部屋から追い出すぞ」
「しっ、失礼しました! ありがたくいただきます」
自分の分の紅茶を注ぎ、サザントスさんの向かいの席へ。
書き損じなのか既に用済みとなっているのか、皿の代わりに使えと紙を渡された。
ずっしりとしたアップルパイを手に取ると、サザントスさんは既に食べ始めていた。表情からは味の良し悪しが窺えないけれど、もくもくと食べ進めているところを見るに、悪くないんだろうなと思う。
いや、彼女がわざわざ買い求めるくらいなんだ、おいしいに違いない。
「いただきます」
思い切りかぶりついたアップルパイから、クランブルとパイ生地がぱらぱら落ちる。一応手で受けてはいるけれど、見た目より少し崩れやすいみたいだ。
潰さないように気を付けながら、もう一口。
「だが、意気は買ってやろう」
サザントスさんはそう言うと席を立った。剣を手に、扉へと向かう。
「さ、サザントスさん!? どこへ…!」
「教皇と話がある。お前は食べ終えたら裏庭で待っていろ」
「裏庭?」
「剣を見てやる。そこの頑張り次第では…お前に背を任すこともできるかも知れんな?」
「!!! 頑張ります!」
見間違いかと思うほど本当に微かに表情を和らげて、サザントスさんは「ではな」と言って部屋を出た。
バタン、と扉が閉まり、そのあとに暖炉の火が爆ぜる小さな音で静寂を知った。
「あの人の背を、守る存在……」
鼓動が速い。緊張もある。でもそれよりも興奮で頬が熱くなっていた。
ずっとあの人を追い続けてきた。いつか隣に立ち、共に人々を助けられるようになりたいと、そう思ってずっと頑張ってきた。
そこに大きく近付けるかもしれない。
残っていたパイと紅茶を平らげ、僕もまた部屋を出る。
外は日が傾いて気温が下がってきているみたいだけれど、お腹も胸も温かい。不調なところもなく、コンディションは最高だ。いまさら寒さで揺らいだりしない。
「頑張ろう…!」
心地良い高揚に包まれながら、僕は裏庭へと向かった――
サザさんのイメージ
サザントスさんは基本礼儀正しくて作法もしっかりしているけれど、使えるものは使うし厳格な場でなければ多少“行儀が悪い”と思われるようなこともする逞しさというか雑さもある。
というイメージを僕は持ってるので、破棄を待つだけだった手紙の裏を皿として代用するサザさんが生まれました。