映画「下妻物語」の特攻服の意匠における旭日旗について、70年代80年代の非行少年・ストリートギャングカルチャーとしての暴走族を2000年代の少女がフィーチャーする、もはやその精神性が形骸化しているにもかかわらず変化に抗うように誇り高い「特攻服」というガワを纏おうとする姿を描くにあたり、作中並び立つ重要なモチーフであるロリータファッションと同様にその服飾文化を可能な限り忠実に描写することが作品としてのひとつの命題でもあったことを考えると、じっさい旭日旗や日章旗は外すべからざる意匠であろうな、と個人的には思う

管理教育を代表する権力への反発が大きな動機である暴走族カルチャーに右翼思想や国粋主義的な意匠が憧れを持って使用される不思議は、それらのモチーフが暴走族グループの成り立ちの地域性や暴走行為で殿をつとめる自己犠牲的ポジションが花形とされることの美学(そもそも「特攻服」のネーミングからしても)と響き合うことを知ると納得できる 日本の不良カルチャーとしてのヒップホップにおいても何年かごとに右翼思想に傾倒するラッパー、DJが出てくるので…ヒップホップと地域性の結びつきの強さはご承知の通り

暴走族カルチャーにおける旭日旗って私にとっては「学の無さ」のかなしみ、それはお前が全力で抗っているはずのもの・その象徴であるのになぜ、という虚脱感を味わわせるものだな

そんで無理矢理本題に戻すとですね 映画「下妻物語」での特攻服と旭日旗の扱いについて批判があること自体は今の国際感覚からしても普通に、普通のことだと思うよ そんなもん映すな、肯定的に扱うな、って批判あって当然だと思う 同時に、服飾文化としての暴走族カルチャーを実写でやるにあたってその意匠をパージする選択肢は少なくとも嶽本野ばらには無いだろうことも普通に理解できる 私はそういう所感です

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そうだったかも!>特攻服に日章旗 モブの旗が旭日旗
んで「茨城統一」を掲げたり打倒◯◯(敵対地域のグループ名)を掲げたりするのがまさに不良カルチャーの地域性と国粋主義との響き合いの具体例なんだと思うんですよね

そのカルチャーの成り立ちに排他・排外の一面があり、一側面とはいえ何かが噛み合えばめちゃくちゃ容易に全体の構成を占めてしまう、みたいな…

ヤンキーとオタクは小さいシマで統一闘争をやりたがるんだろうなというイメージがある

@mstdnjp オタクも!?いやオタクも排他的なとこおおいにあるもんなあ…

なるべく縄張り作って縄張りの中だけで王になりたいタイプは多いかな
ヤンキーはヤンキーの中で、オタクはオタクの中でしか王が出来ない

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