バッハのゴルトベルク変奏曲の演奏にはグールド以前以後があるといわれるが、少なくとも冒頭のアリアをゆっくり演奏するのはグールド以外にとっては悪習だと私はおもっている。まぁいえば管弦楽組曲第3番のエールが、G線上のアリアのせいでやたらゆっくり演奏されがちのと同様の奇妙さと感じる。
ちなみにゴルトベルク変奏曲がややゆっくり演奏されさらに繰り返しも守られがちになっているのは、あの一曲でプログラム一回分にするための陰謀ではないかと思う(をい
さらにゴルトベルク変奏曲で遅めで全体的にゆったりな演奏は、実はレオンハルトの最初の録音だというのはなかなか面白いことだと思う。
さて、このヴィルヘルム・ケンプの冒頭のアリアは一番速いテンポの一つなのは間違いないだけでなく、どうしてこうしたの?っていう演奏でもある。繰り返しで装飾が入ってくるのかと思えばそういうわけでもない、、、リズムのとりかたもちょっと違う。一瞬違う曲にきこえる。
#音楽
アリアを聴いただけですが、ケンプのこの演奏には好感を持ちました。
多分バスの速さを決め、それにソプラノがつられて行く(?)という具合なのではないでしょうか。
アリアにおいて、グールドは内声(と言って良いのか分かりませんが)までも独立した声部のように扱っていたような気がします。
一方、ケンプは主旋律と(バスが引き連れている(?))伴奏といったような2つの構成要素へと還元しているように思いました。
アリアにおいてこの主旋律と伴奏は妥当だという気がしました。
後続の曲をまだ聴いていない為にそれらに対しても同様のアプローチをケンプが取ったのかどうかを知りませんが、もしフーゲッタにおいても同様のアプローチを取っていたならばそれは奇妙に響いたのかもしれません(そんな事は流石にしそうにはないと思いますが)。
グールドの演奏は印象に残っていますが、このケンプの演奏の方が実は正統的というか自然だというような気もしました(但し何が"正当的"であり"自然"であるかについて自分はあまり詳しくはないと思います)。
また、ケンプのこの演奏を聴いた後に、「グールドは何でもかんでも対位法を通じて理解しようとしていたのかな」等と自分は少し思いました。
とはいえ楽しみ方が何通りもあるのは聴く方としては有難い事だと思います。 [参照]