リコメンド機能が執拗に「コアラを移動します」という記事を勧めてくるので、ついに根負けして読みました。
同じ年齢のコアラでも全然顔立ちが違うことを学び、また日本国内のコアラ59頭の戸籍台帳みたいなのがあることも知りました。読んで良かった。
https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=&link_num=28264
インドSFの現状パネルに来ました
モデレーターは郭伟、パネリストはDip GoshとShweta Taneja。
Dip GoshはベンガルSFアンソロジーを刊行した作家・編集者。
wezzyさんで実施した『トランスジェンダー入門』刊行記念イベントの報告レポート(3つあるうちの1本目)も公開になりました!トランスヘイトってSNSのものでしょ?とか、トランスヘイターってフェミニストの一派でしょ?とか、右派のなかで皇室の話とLGBTの話がくっつけて論じられるのはなぜ?などなど。3人の発表者の発表を通じて、日本のトランスヘイト言説の担い手が拡大していった経緯をたどります。
【必読】です。これが無料で読めるのはありがたすぎ。なかでも右派において「トランスジェンダー」がどんな風に位置づけられてきたのかを追跡した能川さんの発表部分は、類をみない記録になっていると思います。
高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表
https://wezz-y.com/archives/95807
関連して、「ある面ではマイノリティだけれど他の面ではマジョリティ」といった表現がわたしは好きではない。例えば男性という点では(ジェンダー的に)マジョリティだが、ゲイであるという面では(セクシュアリティ的に)マイノリティである、みたいな。もちろん同性愛者の男/女が同じような状況にあるわけではないから、セクシュアリティをめぐる差別について考えるときに、ジェンダーの差異を考えることは非常に(非常に!)重要なのだけれど、個人が色んなラベルを身に着けていて、そのうちのいくつかは「+(特権)」で、いくつかは「-(剥奪)」で、といった理解は、ある軸における社会的な抑圧や周縁化が、同時につねに他の軸と交差しつつ現象することになるという、交差性の視点を失わせる危険があるうえ、さきほど同じように、あるラベル(軸)において特権を持っている個人が、そのラベル(軸)においてマイノリティである個人に対して優位にある/加害者である/抑圧的であるといった、非常に個人化・属人化された差別の理解をもたらすように機能してしまうように思う。だから、こうしたラベル的な理解や「ある面では、他の面では」式の説明は好きでない。
ポジショントークとしての批評みたいなやつ、ほんとうにうんざりしちゃうな
「私たちはもう、疲れたのです。お願いです。新書ですから、入門書ですから、どうかみなさん手に取ってみてください。
帯の言葉には「最初に知ってほしいこと」とあります。そうです、最初に知って欲しいのです。どうか、よろしくお願いします」
キーノート登壇者にテッド・チャンが。札幌で行われる人工生命のカンファレンスALIFE 2023に。
https://2023.alife.org/programme/keynote-speakers/#ted-chiang
ライターです。あとなんかいろいろ。