立憲執行部が内部役員から何まで一新させない限り、絶対支持しない。
牧山さん、鎌田さん、石川さん…
ちゃんと闘うことを約束する議員以外は信じない。
俺はもう無理。
6割もの有権者が選挙で票を投じてないのに、なんで非有権者の人権や尊厳が失われるような政策を打ち出す候補/政党が勝ち続けるのか。
ぬ〜べ〜、ハレンチという感じで小学生にセクシー担当させるのはアウトだけど同時に「絶対庇護すべきもの」て描き方はしてたから、「だめな話」じゃないよねえ
https://fedibird.com/@aiknwuriknru/110817930603688753
ただ、イラストの教本とかってめちゃくちゃめちゃくちゃ性差を強調させようとしてくるので、きちんと学んだり売れ筋のセオリーを理解してる人ほど「男性はこう、女性はこう」という型にはまった描き方になってる部分はあるな〜とも思う。
それがもっとも映える画作りであると大多数に刷り込まれているのも確かなので、少しずつでもみんなが意識して変えていく必要があるんじゃないかな…。 [参照]
ウツロマユとThe Symbiant買ったからばりばりプレイしなくては
勇作の言う「兄様は祝福された子供」は端的に嘘というか願望(そういう世界であって欲しい)だよね。尾形は実感で、祝福されてたら自分のような目に合わなかった筈だと思ってる。理屈で言うなら「酷い目にあったとしても最終的に幸せになる=祝福には酷い目にあうことも(試練のような形で)含まれる」か「祝福などない→だとしても自力で幸せになればいい、他者(または神/高次元の存在/運命など)から祝福など関係ない」のどちらかに着地しないとだろ?って読者である僕は思って、この二つ以外の答を作者がどう出すかを楽しみにしてたのに、「勇作に愛された(からOK)」に行っちゃうのが、ええ…? なのよ。
京アニの事件
私は正直この事件に気持ちの悪さをずっと感じている。犯人というよりは、周囲の、というか京アニファンの反応に何か薄気味悪いものを感じている。(これを自覚したのは、藤本タツキ氏の「ルックバック」で描かれていた事件が、京アニ事件に似ていると話題になった時だった)。
自他境界の薄さと言えばいいのか、事件の取り扱い方について、必要以上に事件を私物化しているように感じている。もちろん自分にとって重要な作品が作られた場所で、凄惨な事件が起きたとなれば、そのショックは計り知れない。だが、なんだろう、その衝撃が「おれたちの」に変換されてしまっているような気がする。好きで、期待を裏切らないでいてくれるものに対して使われる「おれたちの」。この事件も「おれたちの」になっている。本当はそんなふうにシェアされるようなものではないような気がする。望むと望まざるとに関わらず、コンテンツと同じように事件も消費のサイクルに組み込まれてしまったような感じだ。
この「私物化」の気持ち悪さと、死刑制度に対する反応に対する気持ち悪さ(吐き気がする、の方)は結構自分にとって近い場所にあり、しんどい。
https://www.instagram.com/reel/CzBNFaVBBIw/?igsh=MWJrMWczbGRrdjJ1bg==
いつ見ても同じ顔が揃ってでも全然違う人!!って感動する
阿曽辺かぎろい 文を書く癖を取り戻したい あとはその時好きなものの話をするアカウント 大体BL・神話・SF・ハイロー、今はウマ娘の話をしています。 トランス差別に反対です。