「ヘルパーで60代はまだ若いぐらい。70代80代が『老老介護』でやっている。なぜか。若い人が生計を維持できない低賃金だからです」
2019年、現役ヘルパーである3人の女性が「ヘルパー不足は国の責任」と訴え、国に損害賠償を求める裁判を起こした。伊藤さんは原告の1人だ。
原告団は20年夏、683人のヘルパーに労働条件を尋ねるアンケートを実施した。年収については150万円台以下が7割近くを占めた。
低賃金の背景として原告側が問題にするのは、キャンセル時の休業手当や移動・待機時間の賃金が十分に保障されていない登録ヘルパーの不安定な働き方、そして事業者が十分な賃金を払えない介護報酬の安さだ。
岸田文雄政権は「分配」政策の柱として、介護報酬などサービスの対価が公的に決まっているエッセンシャルワーカーの賃上げを掲げた。介護職については「月9千円」程度の賃上げを打ち出した。
伊藤さんにも、月2千円の手当が出るようになった。ただ9千円には届かない。
11月1日。伊藤さんら3人のヘルパーが国を訴えた裁判で、東京地裁は国の行政に違法性はないとして、請求を退ける判決を言い渡した。伊藤さんたちは控訴した。
訪問介護事業では常勤ヘルパー2人、登録ヘルパー15人が働いていた。利用者は、周辺の介護事業所に依頼し、引き継いでもらった。
人材難による事業廃止は今回が初めてではなかった。同社協は20年春には、訪問入浴事業から撤退している。退職した介護職員3人の補充ができないことが原因だった。
在宅介護の要である訪問介護。事業を続けられなかったことに、田野井さんは危機感を隠さない。
「介護が必要になってもヘルパーがおらず、誰が自分や家族のケアをしてくれるのか、という時代がすぐそこに来ている」(編集委員・清川卓史)
■ホームヘルパーの高齢化と人手不足
介護労働実態調査(21年度、介護労働安定センター)によると、ホームヘルパーの85.3%は女性。平均年齢は54.4歳で、60代以上が37.6%、70代以上が12.2%を占める。その10年前の同調査(11年度)では60代以上は28.0%だったから、高齢化の進行がうかがえる。
利用状況に応じて労働時間が変動する「登録ヘルパー」が多い、と言われている。ホームヘルパーの有効求人倍率(20年度)は14.92倍に達し、施設の介護職員(3.90倍)と比べても、人手不足が際立っている。
「若い人に、きつくて嫌な仕事と思ってほしくない。やりがいも魅力もある。一定の水準の固定給があれば、ヘルパーはきっと増えます」
■「後任いない」退職に二の足 補充できず、閉鎖の事業所も
介護を支え続けた高齢のヘルパーたちも、リタイアするときがくる。東京都の女性(79)もその1人だ。介護保険スタート当初からヘルパーとして働いてきた訪問介護事業所を、21年春に退職した。
本当は70歳ぐらいで辞めるつもりだった。しかし、長く訪問してきた利用者の介護を引き継ぐ新しいヘルパーが見つからず、辞められないまま70代半ばを過ぎていた。
「利用者さんから『辞めないで』と言われたのですが、年齢的に限界でした。最後の時期は、入浴介助とか、しんどかったですね」
予想外だったのは、退職と同じタイミングで、その訪問介護事業所も閉鎖してしまったことだ。事業所からは「ヘルパー不足と赤字で事業が継続できない」と聞いた。
「自分が要介護になったときは、ここにヘルパーさんをお願いしようと思っていたのですが……」
各地で、人材難のため事業継続が難しくなる介護事業者が出ている。栃木県の鹿沼市社会福祉協議会は今年3月、訪問介護事業を廃止した。
同社協によると「退職した常勤ヘルパーの代わりがどうしても見つからなかった」