@wanedmoon
ばっちりスーツをキメてラミカ・センに花束を渡すシーンはもちろんのこと、一人で軽食を食べているだけでも格好いいですよね……
ポルフィーリー『罪と罰』
本作でラスコーリニコフと対決する予審判事ポルフィーリーは、心理的にラスコーリニコフを追い詰めるさまといい、つかみどころのない言動といいまるで古畑任三郎のような人間である。
だが、ラスコーリニコフに対し自首を勧めるポルフィーリーが自身のことを「終わった人間」というシーンは偽らざる心境であろう。
ポルフィーリーは35歳、19世紀のロシアだとすでに人生の折り返しではないだろうか(正確な統計は分かりませんが……)。
そうでなくても、23歳のラスコーリニコフに比べると35歳のポルフィーリーは歳を取っている。人生で何を成し遂げられるのか、あるいは成し遂げられないか考える年頃だろう。
30歳を過ぎた身には、ポルフィーリーの人生はまだこれからと言いたくなる反面、若者と比べると終わった人間だと自嘲したくなる気持ちもよく分かる。
10代、20代で『罪と罰』を読んでいたらこのような心境にはならなかっただろう。果たして、今後の人生で何が出来るのか。後悔のないよう生きていきたいものである。
昔、大学で一般の人にも公開されてる発達障害理解っていうコースを受講してたんだけど、初回の授業で発達障害の人たちが自分の状態を自分の言葉で説明してるコメント集みたいなのを読む時間があった。受講者の中には私のような当事者もいっぱいいたので、教員に「私も当事者だからみんなに自分の状態を自分の言葉で話してもいいですか」と言ったらそこから私以外の当事者の人たちもどんどん話してくれてとても盛り上がった。
ちなみに私は、「ブレーキの壊れた車」だと説明した。一回エンジンがかかると壁にぶつかるまで止まれない。楽しいことでも怒りの感情でもなんでも。
ただし、実生活では車の免許は持っていない。エンジンすらかけられない。
mastdonに移行してみました。
昨日よりも少しでも立派な自分になりたい。