> おしなべて、右はざっくりと繋がり、左は細部で揉める。60年代の学生運動からずっと同じ。
それは受験エリーティズムとも関係がある。
> それは、アイツよりも3点上だった!などといった試験文化の賜物でもある。
更に最近はそこに、ナゾなヒロイズムのようなものが纏わりついているからどうしようもない。
そうしてる間に向こうはアバウトに大連合を組んでいる。
こんなあっさい分析しかできなくて学者として恥ずかしくないのかよ!そもそもこのような分析自体がエリーティズムとやらの枠内に止まるものでないのかよ!というツッコミは置いておくとしても、いわゆる「新しい社会運動」以後の日本の社会運動の語られ方がひどく一面的で紋切り型なのはどういうことなのだろうか。つまるところ、社会運動を真剣に考えようという試みが学者の間で廃れているということだろうか。そうだとすればサルトルの言うように学者というものは寄生階級でしかないことになるだろうが。