「パーソンズは、精神分析学が示しているように、『複合体に組織されている行動という考えかた』が重要であり、『それは、行為と思考との習慣』の表現である、と主張する。『習慣はいったん形成されるや、それを破壊したりあるいは大きく修正することさえ困難となる』。それゆえ『『本能的』反応という最も一般的な傾向』は、『過去からわれわれに課せられている習慣によって、大きく修正される』とみなければならない。
『習慣の重要性との関連で、精神分析学は——私は非常に正しいと思うのだが——、幼児におよぼす影響の巨大な意義を強調している』。幼児は『最も可塑性に富む状態にある』ので、『非常に強力な外部の影響に直接さらされて』成長する。こどもは身のまわりにいる人々の行為を『模倣』することによって、話すこと、歩くこと、その他いっさいの生活方法を『まったく考えなしに採用する』。こうして人間は、『不可避的に社会集団の成員となる』。それゆえ『人間行為の特殊な様式を決定する最も重要な要因は、影響力をかたちづくっている習慣である』、と考えることができる」46-7頁→
「『[文化の]収斂理論は、生物の進化における生物発生法則とよばれるものと、緊密に関連している』。後者は、単細胞からの生物学的発展の途上にある個体が、原生的状態からその種が通過してきた諸段階を、実際に再現すると仮定するものである。これに対応する人類学的仮説は、すべての文化が文化的進化の同一の諸段階を通過すると想定する。この場合異なった文化間の差異は、進化過程の異なった段階のそれとして説明されることになる。『生物学においてこうした考えは、非常に一般的な意味でのみ、真理と認められているだけであり』、具体的にはさまざまの変異がしられている。これと同様に文化的進化についても、『非常に広いアウトラインとしてのみ』、諸段階の継起的発展を認めることができるにすぎないと、考えなければならない」49頁
「パーソンズは第1レポート[1922年]の最後に、文化に影響を与えるそのほかの2つの要因について、さらに検討をくわえている。その第1は、『地理的状況や気候などの、完全に外的な影響』であり、第2の要因は、『遺伝と人種的差異という、非常に論争的な問題』である。この2つの要因はいずれも、人間の主体性に制約をくわえる所与的要因と理解することができるが、パーソンズは、この2つの要因を『規定因』とみなすことに強く反対する。第1の地理的要因が文化に影響を与えることはいうまでもないが、しかしながら人間は動物に比して、『環境条件に適応するより大きな力』をもっている。…
パーソンズによれば、第2の『遺伝と人種的差異』にかんしても、同様に考えることができる。とくに『遺伝と人種的差異』にかかわる『現代の遺伝学は、非常に新しいもので、むしろ萌芽状態にある』ことを忘れてはならない。したがって『これまでのところ、そのうえに理論を基礎づけうるような明確な証拠は、ほとんどない』。メンデルの遺伝法則にしても、『最も単純なかたちで染色体の遺伝図式』を示すにとどまっている。人間にそれを適用しうるのは、色盲などの非常にかぎられた現象についてのみである。精神薄弱といった現象を、そこから説明することは困難である」51頁→
(承前)「こうしてパーソンズは、心理学者ゴッダードの有名な『カリカク家』の研究に、批判的に言及する。ゴッダードは、カリカク家に精神薄弱と犯罪が多発していることを根拠にして、『犯罪への傾向は明らかに遺伝的である』と結論づけている。だがパーソンズによれば、パーソナリティの一般的弱さや混乱傾向が遺伝的であったとしても、『犯罪や売春の直接の原因は、社会的条件に求めなければならない』。しかもこうした議論が一般化され、特定人種の優劣にまで拡大されるとすれば、ことは重大である。『この問題は、こんにち最も激しい議論の主題となっており、それゆえ二重に注意深いアプローチを必要とする』。
この論点についてパーソンズは、そもそも人種間の『優劣を判断しうるなんらかの信頼しうる基準を見いだすこと』は、困難であると主張する。むしろ人種間の優劣を論ずる議論は、ウォルター・リップマンがのべているように、恣意的な判断であり、偏見をともなったものであるとみなければならない。『白人人種が黒人人種よりも優れているとか、適応能力が大きいということさえ、証明することはできない』。このような先入見は、非常に重要な結果を生みだすこととなろう」51-2頁
「彼[パーソンズ、1923年]は、『モーレスの進化過程』の検討にのりだす。そのさい、『進化論の進化』という観点が強くうちだされていることにも、留意しておかなければならない。進化論という理論図式そのものも、進化すると考えられ、思想史的アプローチが示されているからてある。
パーソンズによれば、『中世においてモーレスは、大多数の人々に疑問なく受けいれられていた』。それが拒否される場合でも、『モーレスが継続的に変化する』とは考えられていなかった。『進化論的観点』と『それを倫理的・道徳的行動に適用することとは、19世紀後半の生物学におけるダーウィン主義運動と、明確に結合している』。だが『ここ5年ほどのあいだの、この問題にかんする最良の文献にあらわれている思想は、40年ないし50年前のそれとは、かなり異なっている』。『進化論の進化』を考察しなければならないゆえんであるという」57-8頁→
(承前)「『初期の進化論の顕著な特徴』は、『いわゆる進化を、あらかじめ運命の定められた1つの方向への継続的な漸進的変動と想定する』ところにある。それは『単純なものから複雑なものへ、アメーバーから人間への変動過程』であり、『ほとんどつねに強力な人種の発展』に終わるとされていた。『だがこうした命題は、問題をあまりにもひどく単純化しすぎた誤りであると思われる』。それは『経験的事実というよりもむしろ、感情的偏見に適合的な』、『モーレス』の結果であるとみなければならない。 近年の生物学研究、とりわけ遺伝学においては、『ドグマ的な主張は非常に少なくなり、多くは試論的な仮説となっている』。すなわち『多少とも不規則な期間に、明確に理解されていない方法で、むしろ急激な変化ないし突然変異があらわれる傾向』を強調する。この突然変異によって発生した種のうちどれが生き残るかは、それが発生した環境条件に依存すると考えられる。したがって単線的進化という図式は成立しえない。そもそもダーウィンは、ドグマを排して『驚くべき量の証拠を蓄積した』。『ダーウィンの名がドグマ的な単線的進化論と結びつけられたのは、大部分彼の信奉者の責任である』。『ダーウィン主義は、思想がモーレスによっていかに歪められるかの典型的事例をなしている』」58頁→
「ヘンダーソンの主催する『パレート・セミナー』にも、ふれておかなければならない。ヘンダーソンは、ハーヴァード・メディカル・スクールを卒業し、母校の教授として、生理学・生化学・生物学・物理化学・科学史などの広範な領域の研究を推進した、高名な自然科学者である。彼は、同僚の生理学者キャノンのホメオスタシス——すなわち、生物有機体が体内の安定性を維持しようとするメカニズム——の研究に、強い関心をもっていた。…
このセミナーを通じて、1930年代のハーヴァードでは、『パレート崇拝』といわれるほどパレートが流行した。このセミナーの影響を最も強くうけたのは、当時大学院にはいったばかりのホーマンズである」88-9頁
「この時期[1935〜6年]にフロイトと本格的にとりくんだのは、『ホーソン実験』で有名な精神分析学者エルトン・メイヨーの勧めにしたがった結果である」125頁
https://fedibird.com/@9w9w9w9/109405423177496462 [参照]
「パーソンズ、クラックホーン、マレー、オルポートらを結びつけたものが、精神分析学とフロイトへの関心であった…われわれはこうした関連において、パーソンズが、1946年から『ボストン精神分析研究所』で、正規に精神分析の訓練をうけたことに注目しておきたいと思う。…彼は、両親・義父・兄のあいつぎ死去による精神的痛手から、個人的に精神医療の助けを求める必要を感じていたという。
…彼の訓練分析家となったのは、グリート・ビブリングである。彼女は、ナチスのオーストリア占領によって亡命を余儀なくされるまで、ウィーンにとどまっていた人物で、フロイト・サークルの最初のメムバーのひとりである。パーソンズは、ビブリングの指導をうけることができたことについて、『非常に幸運であった』と記している。パーソンズは講義・セミナー・臨床セミナーなどを通じて、5年間継続して訓練を受け、1951年春に、正規に訓練を終了した。その結果彼は、医師資格をもっていないにもかかわらず、『ボストン精神分析協会』の準会員に選出され、生涯を通して、精神分析家の訓練のための講義を、担当しつづけることになる」173-4頁→
「パーソンズは、多様な発展を包括する『進化』という考えかたが有用である、と主張する。文化相対主義におちいらないためにも、体系的な比較を可能とするためにも、『進化』という観点が重要であるというのである。そのさい進化ないし進歩は、4つの局面からなると考えられる。(1) 分化、(2) 適応能力の上昇、(3) 包摂、(4) 価値の普遍化の4局面が、それである。彼はしばしばこれを、『進化的(進歩的)変動の図式』と呼んでいる。…
以上のような進化的変動の4局面が、適応的上昇=A(適応)、分化=G(目標達成)、包摂=I(統合)、価値の普遍化=L(潜在的なパターンの維持)と、AGIL図式を基礎としていることに、読者はすでに気づいているかもしれない。この4局面をとおして展開する進化は、新たなレヴェルの適応能力をつくりだし、それは文明史という観点からみれば、『累積的』で、『不可逆的過程』であると考えられる」256-7頁
「『人間の条件』パラダイム…
…行為体系の適応機能を主としてになう下位体系が、『行動有機体』から『行動体系』に修正されていることにも、注意を喚起しておきたい。消化器系統や呼吸器系統、血液の循環、骨格・筋肉などの人間有機体システムは、言語やシンボルを中心として組織されている行為体系からのぞかれて、『人間有機体システム』という行為の条件のひとつを構成する、と考えられるにいたったからである。
このような修正を可能にしたのは、リッツ兄弟のピアジェ研究の成果である。…行動体系は、パーソナリティ体系を支え、その基礎となっていると考えられるべきであり、同時にそれは、人間有機体システムの生理的構造そのものとも区別されるべきであるという」322-3頁
「パーソンズは、人類史を、人間の自由と平等の拡大課程として、したがって『市民社会』実現への長期的な努力の過程として、総括する。つまり人類史は、ロング・ランにみれば、『地上における神の王国』建設にむかう、明確な方向性をもった過程として、『進化』=進歩の過程として、把握することができるというのである。パーソンズが、批判の多い『進化論』という視角をあえて打ちだした根拠は、まさしくここにあったと見ることができる」260頁