まずは「あなたはコミュニケーションというものをどのように定義しますか」と言うところからド詰めしたい。😆
仕事柄、「僕はコミュ障だから」と言う人にばかり会う。で、よくよく話を聞いてみると、「ポンポンポンポンと皆んなにウケる楽しい話をできない」「沈黙を作ってしまう」などと言う返事が返ってくる。
最初はその人たちの勘違い(コミュニケーションというものを間違えて考えている)なんだろうと思っていたけれど、どうもそういう個人的な問題ではないようだと今は思っている。
対人関係の葛藤を冗談で紛らわして、なるべく場の雰囲気を壊さず、ムードを盛り上げる人間を社会全体でコミュニケーションが上手いと言っているようにしか思えない。気まずい空気や、深刻で暗い話を持ち込むこと、上の人間の顔色を見ないこと、黙って考え込むことは、コミュニケーションの破綻だと皆が恐れている。
そんな社会でまともなコミュニケーションが取れるはずもない。
あ、昨日の、「せっかく美味しいものを頂いているのに、こんなところで人権の話なんてするな!💢」みたいな話にも通じるよな。
彼らにとっては多分、楽しい場所で人権の話なんてするのはものすごい「コミュ障」。
虐められている子が、みんなが愉快に盛り上がっている時に、自分の辛さの話をするのは多分「コミュ障」。それどころか悲しそうな顔をしていたら、うちが貧乏でボロい服を着ていたら、その子の存在自体が「コミュ障」なのかも知れない。