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L.ヴィスコンティ『夏の嵐』(1954)

 イタリア統一戦争の最中の、「イタリア統一」を支援するヴェネチィアの伯爵夫人とオーストリア青年将校の「敵同士」の「不倫」をベースとした、オペラ的メロ・ドラマ。

 しかし、今見ると、俗物そのもの夫に満足できない伯爵夫人が、だからといって、体育会系の「頭の悪いアメリカ白人」にしか見えない青年将校に何故「魅かれるのか」が全くわからない。

 と思ったら、将校を演じる俳優は米国人だった(ちなみにヒッチコックの『見知らぬ乗客』では被害者の有名テニス選手役、これはピッタリだった)。

 それにしても、この将校、「政治」に何の幻想も抱けない、滅びゆく、洗練されたハプスブルク・オーストリアの美学を体現する位置を占めることが、最後の場面でわかるのだが、途中まであまりにもがっついた「ゴミ」なので、「滅びの美学」が宙に浮いてしまう。名前は音楽家G.マーラーから「マーラー中尉」としてあるのだが、「女を騙して金を貢がせる」ことしか頭にない。

 このテーマだと、同じヴェネツィアを舞台にした「ヴェニスに死す」(マーラーと思しき主人公)の方がまだいい。

 また「何も変えないためにすべてをかえた振りをする」というランペドーザの引用をB.ランカスターが呟く『山猫』は、さらにいい。

  

 『夏の嵐』主演のアリダ・ヴァリ(1921-2006)は、本名は、神聖ローマ帝国(ドイツ帝国)アリダ・マリア・ローラ・アルテンブルガー・フォン・メルケンステイン・フラウエンベルク男爵夫人。ローマ第3大学博士」という典型的な欧州貴族(オーストリア貴族はとにかく無暗に名前が長くなる。略称「オーストリア皇帝」に至っては、「いったいいつまで続くの?」と言う位長い)。

 ま、こういうトランスナショナルな帝国がイタリア民族主義に圧倒されていく過程がビスコンティのテーマでもあるわけですが。

 アリダは、 ウィーンを舞台にしたキャロル・リード監督の『第三の男』、M.アントニオーニの『さすらい』、M.デュラス原作の『かくも長き不在』、パゾリーニの『アポロンの地獄』、ベルトリッチの『暗殺のオペラ』、『1900年』に主演。

 イタリア・フランスを中心とした20世紀映画の黄金期を支えた女優と言えるでしょう。

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