続き(ネタバレあり)
でも、1930年版では戦地での人間関係に妙にロマンがあった一方で、2022年版は部隊内のドラマはほんの束の間でずーっと死線をくぐり続けていくし、主人公の周囲も数多のバリエーションでバンバン死んでいく。
(どの死に方もしたくないけど、私は戦車に挽き潰される死に方が一番イヤだ……って思った)
たぶん、戦争で英雄になるとか名誉の死とかはちゃんちゃらおかしい戯れ言だ、と示すのを重点に置いたんだろう。
英霊なんて褒めそやしたって、結局は権力に殺されただけの被害者なんですよ。
靖国神社ではしゃぐような奴らには分かんないだろうけど。
リサイクルされる戦死者の軍服と、失われたら終わりな兵士の命を重ねる冒頭~主人公志願までの流れは素晴らしかった。
ドッグタグ回収作業のリフレインも、補充可能な消耗品と見なされている兵士の立場を表現していたし、とにかく非人間性の極致が描かれる。
こういうのがまだ世界のあちこちで起きている。人類馬鹿すぎでしょ。1918年の時点で学べよ。
おまけ(ネタバレあり)
映画のラストで停戦を目前にして主人公が死ぬ展開になったので、やっぱりBBCのドラマ『Passing Bells』を思い出してしまった。
あれはイギリス兵側とドイツ兵側のそれぞれ新兵が志願するところから始まって、停戦決定が長引いたせいで時間ギリギリで2人とも命を落としてしまうという悲劇のドラマ(ジャック・ロウデンとパトリック・ギブソン主演)。
このドラマは戦地から「愛する人の元に戻る」っていうロマンチックな目的設定があったんだけど、本当のところはただ生き抜くだけで必死だっただろうなあ……と『西部戦線異状なし』を観て思った。