この作品、政治闘争に巻き込まれたオッペンハイマーの物語なんだね。そう来るとは思わなかったので意外だった。オッペンハイマーは共産党員ではないものの、思想的には左翼であり、大学教授や研究者も「労働者」であると組合を組織したりする。そんな彼だからこそ、ナチスの非人道的な行為を批判する。ナチスの核保有を危険視するがゆえに、みずから原爆の開発に着手した、と。そして彼は戦後軍縮を唱え、水爆の開発に反対し、ソ連のスパイ容疑まで(個人的な恨み由来だとしても)かけられてしまう。
この映画のオッペンハイマーに降り掛かる「悲劇」は、彼が原爆を作ったことによる苦しみから生じたものではない(すくなくとも大部分ではない)。因果応報を求めるつもりはないけど、原爆投下によって苦しめられたひとびとの「悲劇」とあまりに乖離しているように思う。この映画はオッペンハイマーが題材でなければならなかったのか?わたしはそんなふうに思ってしまった。
わたしは『ダンケルク』でジャック・ロウデンに一目惚れして10回以上観に行ったのですけど、そのときは「反戦」以上のこと、たとえばPOCの兵士がほとんどいないことなどに目を向けていなかったな、という内省とともにノーランの映画を観ているところがあります。