"第2回の「バザールとクラブ(公と私)」の比喩に乗っかれば、今回見ていくナボコフ『ロリータ』は一種の「クラブ」においてこそより深く愉しまれうるもので、そこで描かれる「正しくなさ」までも含め、今回味わっていく、ということになります。 それゆえ、公共放送のような「バザール」の場においては、こうしたアラート付で言及されねばならないわけですね。しかし、このことは『ロリータ』をはじめとしたフィクション作品(やエスノグラフィ、ルポルタージュetc.)が公共的意義をもたないことにはならない、否、むしろ重要な意義をもつのだ、というのが今回の話です" https://note.com/heechulju/n/nb3fb2cd2f1f3
"「理性をもつ存在こそ人間」という近代哲学のロジックは、容易く「西欧近代が基礎づけた理性をもたなければそれは人間ではない」というロジックにすり替えられていく。このことがまかり通ると、ヘイトスピーチや虐殺が簡単に正当化されてしまうとローティは警告するのだ"
https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/blog/bl/pEwB9LAbAN/bp/poVnBqWgLo/