推理小説における探偵の本質的三枚目性を補うもの。
シャーロック・ホームズとワトソン博士の関係は、本来ホームズが担うべき三枚目性をワトソンが肩代わりし、ホームズにおいて露呈するのを防いでいる。
探偵小説の創始者とされるポーの作品では、探偵オーギュスト・デュパンがまとうべき三枚目要素を、語り手の「私」が肩代わりする。それに加えて「盗まれた手紙」では警視総監が大々的に三枚目を演じる。
筆名をポーにならった江戸川乱歩の場合、肩代わり役もポーにならって「私」がつとめ、明智小五郎を引き立てる。
横溝正史の作り出した金田一耕助は、事件が決着するまでつねに事態に先行される。肩代わり役がいないため、三枚目性を自身が担う。
安岡章太郎は『私説聊斎志異』を書き上げることで壁抜けを果たした。
これは特別なケースか。
むしろ、小説一般、創作一般に言えることではないか。
意識的にしろ無意識にしろ、創作という営為は壁を通り抜けようとして行われる。通り抜けたらそこで完成。抜けられなければ未完、あるいは失敗作。
#安岡章太郎 #壁抜け男