いわゆる「買って応援」系のあれこれは、言い換えれば「無理して買ってもらう/買わせる」であって、購入する側にそのような意識がないにしても、実際のところ「無理」は生じている。ゆえにそのようなあり方を続けていればいつか皺寄せはやってくるし、金属疲労的な感じでぽっきり折れることもある。となると理想は「無理をしないで買える」環境を整えることであり、そのような環境にはいわゆる「エモさ」のようなものはなくてもいいものになる。必需品を買うときのような無感動さ、あるいは金に余裕があるからこその無鉄砲さが、確保されている環境(当然そこにも無感動さ、ないしは感度の鈍さが付随する)。本を愛する者たちはそのようなありかたを拒否するだろう。しかしそうならなければ、この業界は苦しいままだ。そしてそうならなければ、この社会も苦しいままである。
私の本屋としてのありかたを「もっと現実見なよ(=経営のこと考えなよ)。ま、若いから仕方ないか」というような感じで腐している(無自覚かもしれんが)大人たちはたくさんいたが、私からすれば「本が好き!」だけを頼りにどうにかしようとしている/できると思っているあなたたちのほうが現実逃避をしているように思えていたのだけど、この期に及んでもまだ本屋の閉店などなどに対して「かなしい、さみしい」「もっと買い支えねば」「本(屋)の魅力を高めねば」としか言わないのだろうか。