「宗教右派」という言葉は宗教差別か? 宗教の論評について考える
https://cinemandrake.com/what-religious-right
“先ほども説明したように「宗教右派」という言葉は政治スペクトラムを現した用語のひとつであり、あくまでラベルです。ニュートラルな意味で使われます。政治と宗教の関係性を論評する際に用いられているだけで、侮蔑の意図では基本は使われません。
原則的に「宗教右派」を差別用語とみなすコンセンサスはありません。実際、多くのメディア、ジャーナリスト、研究者、人権団体が、この「宗教右派」という用語を使用しています。
しかし、「宗教右派」は政治イデオロギーを示す用語である以上、当然、そこには政治的対立が生じます。ここが厄介です。
「宗教右派」という言葉は宗教差別だと主張する人たちがいます。それは主に「宗教右派」と名指しされる人たちです。「宗教右派」という用語は当人が自身で用いるラベルではありません。もっぱら他者が政治と宗教の関係性を論評する際に使います。”
シネマンドレイクさんのブログいつも読んでたけど、これは腑に落ちないかな。
そんなはっきり「差別ではない」と断定してしまっていいの?
1・2年前に信仰を持つ(この持つ/持たないの区別自体が微妙だとも思う)当事者が「宗教右派」を使わないでほしいと言っているのを見かけてから、わたし個人は使わないようにしてた。
すぐに結論が出なかったとしても、誰かの生存を脅かす危険性があるのなら、「とりあえず使わない」の判断もありだとわたしは思う。
べつの言い回しでも表現できるのが言語のいいところなんだから