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「田野先生」の、映画『関心領域』にまつわるインタビュー、プレゼント感謝です🙏>ゆかりさん

やっぱり、アーレントの「悪の凡庸さ」 が「かなりゆがんだ形で一般の間に広まって」いるとの認識。誰のどんな〈概念〉であれ歪曲したい人はするのだし、とはいえ確かに困ったものではある。

「アイヒマンやヘスたち親衛隊幹部は、確信的にホロコーストを実行していました」
に付け加えるならば、当時の彼らにとってユダヤ人の絶滅という目標は〈良いこと〉だった、に違いない。

ホロコーストを「未曽有の悪」と絶対化してしまったのは、ちょっと残念(記事の整理によるかも)。それでも、良い/悪いを無邪気に分けることができず考察が常に往還する宙吊り状態に耐える研究者の苦しみがにじみ出ていて、よいインタビューでした。

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出世のために 

極端な言い方をすると、「出世したい人(≒他人から評価されることをしようとする人?)」にとってはその「評価される事柄」自体の善悪などどうでも良いのではないだろうか?

もちろんひとによるし、どの程度まで評価される事柄を達成したり没入するかいう度合い自体も色々なのだろう。

ただ評価される事柄が何であるかに応じていわばカメレオン的に自分の価値や信条を付け替える人も恐らくいるのではと思った。

その際、ホロコーストの善悪については恐らく遂行者は考えないようにしていたりはしないか?

そしてそれが<良いか/悪いか>となると当人の出世欲などを満たす限りにおいて*良い*(!)となりうるのではないだろうか?

<仕事を遂行すれば認められる>式の思考パターンは恐らく普遍的にありうるのではと思うのと同時に、ホロコーストを支える価値観を提唱しその実行を評価した上司(?)の責任は割と重いのではという気もした。

そしてまた、そのような評価形式を通じて自らの価値観を確認しようとした(?)実行部隊たる部下の皆さんにも何か病的(?)なものというか不安定さ(?)があったのではなかったかなどと思った。

頓珍漢なコメントかもしれないが、それへのコミット以外によって自分の人生の価値を高めようみたいな意識はなかったのだろうか? [参照]

出世のために 

ただ、その一方でそういった出世主義的な人達も社会(?)が評価する価値基準を体現していたりしてりする訳であってそれはそれで悪いことではないようにも思う。

言い換えれば適応能力が高いということなのかもしれないし。

逆に何らかの価値観を確立するなどして独立独歩(?)的な生き方をする人は我が儘な生き方をしているなどとして後ろ指をさされる可能性だってあるのかもしれない。

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