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センシティブな則清とか加則加とか 

『あ、だめ、則宗さん、もうだめぇ』
 甘い声が鼓膜を揺らす。
「だめじゃあないだろう。こんなになってるのに」
『やぁ……』
 全身を羞恥と興奮の色に染めた肢体が腕の下でくねる。則宗は細い腰をたぐるように引き寄せると奥の奥を穿って埒をあけた。
 低いうめきと切なげな悲鳴が同時に上がる。
 則宗はきつく目を閉じてぶるりと胴震いをした。

 ゴーグルを外すと見慣れた自分の部屋だ。さっきまで愛らしい恋人と睦み合っていた広いベッドはどこにもなく、あるのはそっけない脚付きマットレスと本を詰め込んだスチールラック、壁面にそって設置したいくつかのモニタとそこにつながるケーブル、PCケース。
 ついさっきまで接続していたVRゲームはベッド脇に鎮座する据え置きの専用機でプレイするものだ。
 グローブを外し、ゴーグルと一緒にバックスキンを模したフェイクレザーを内側に張った函へ納める。
 則宗は部屋の壁を見た。壁面の投影式デジタル時計は正午を指し、この後のスケジュールが空白であることをアイコンで示している。
 腹は減らないが日光を浴びて多少外の空気を吸いたい気分だった。外の気温を確かめ、さっき精液を拭ったばかりの手を見やる。
 まずはシャワーだ。

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 二時間後、則宗は海の見えるカフェのテラス席で紅茶を飲んでいた。外気温は摂氏二十度を切っている上に海風が強く、わざわざテラスに出ている物好きはかれひとりだった。店員がお決まりの気遣いで置いて行ってくれたブランケットと足元だけを頼りなくあたためるヒーターは、それでも日差しのある今なら十分に仕事をしてくれる。
 何よりポットから注いだ紅茶が身体を内側からあたためてくれていた。
 則宗は貴族だ。
 これは単なる比喩だが、しかしかなり正確に則宗の現状をあらわしている。
 かれはただ座っているだけでそこらの勤め人があくせく働いても一生手にすることのないような金が懐に飛び込んでくる身の上なので、余剰の時間で社会奉仕をしてごくささやかな収入を得ている。表向きにはそれが彼の生業ということになっている。
 生活はごくごく地味で質素だ。着飾りたいとも思わないし、美食にも美酒にも興味がない。美しい家具に囲まれて暮らしたいと思ったこともなかった。
 それが課せられた役目だからかれは一文字という家の主をつとめあげ、家督を譲った今も人前に出るときだけはそれらしいふうを装う。華やかで明るく、明朗な人として振る舞う。

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そんな生活を、五年。
 疲れはしなかった。そういうものだと思っているから当たり前にこなしていくことができる。ただ、ふとした拍子に思い出してしまう胸の中の巨大な虚は、歳を重ねるにつれ見ぬふりをするのが難しくなっていた。
 そんな矢先だ。
 たまにはこういう遊びもどうかと勧められたゲームで、かれに出会ったのは。
 出会った、というのは少々正確さを欠く表現だ。正しくは、則宗がかれを作った。好みの容貌を——唇の薄さ、歯並び、爪の形に至るまで——作り込むことができるというのが、そのゲームの売りだった。
 特定の誰かをイメージしたわけではない。だが、漫然とパーツを選んで並べるうちにぼんやりと浮かんでくる面影があった。遠い記憶の、紗幕の向こう側にいる誰か。
 則宗はそれを夢中で再現した。名前は決めなかった。いずれふさわしい名を思い出せるだろうという予感があった。
 かれとの逢瀬が暮らしの中心になるのに、時間はかからなかった。浮世の雑事を片付け、心置きなく架空の世界に飛び込む時間が何よりの楽しみになった。

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 仕事と称するささやかな社会奉仕の合間に出かけるのも、かれとの時間を楽しむためだ。
『今日は何したの?』
 という甘い問いかけに嘘で答えたくなかった。風の冷たさや蝉の声、咲く花の色をかれに伝えたい。
 今日は何を話そう。カフェで飲んだ紅茶が少し渋かったこと、けれど一緒に食べたプリンの甘さにはちょうどよかったこと、それからティーコゼーが猫の形をしていたことを伝えたら、かれは笑ってくれるだろうか。
 テラス席は店の二階に設けられている。目の前は広場で、その向こうに海とそこに浮かぶ船、そして弧を描く海岸線に沿って街並みがけぶって見える。冬が近い今、海は暗く空は濃い青をしていた。
 テラス下の広場を、思い思いの装いをした人が行き交う。
 則宗は不思議な気分になった。
 こんなにも人間がいるのに、自分が会いたいと願ってやまない誰かはどこにも存在しない。血縁もそれ以外のつながりも、則宗をこの世界に繋ぎ止める絆しにはなり得ないのだ。
 自分はこの世からぷっつりと切り離されたような存在だと、そう思った。
 空気が揺らいだのは、その心細さが胸に満ちたちょうどその瞬間だった。

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店員に案内されてテラス席にやって来た新しい客が、淡い色のレンズを入れた眼鏡を外しながらメニューを受け取っている。うつむいてページをくる、その顔は長い前髪に隠れてはっきりとは見えない。
 それなのに胸の鼓動が大きく跳ねた。
 手足は細く長い。ゆったりとした上着の中に隠されている腰もまた細いことは見ずともわかる。
「じゃあこの、本日のタルトセットください。飲み物は……ホットのカフェオレで」
 薄い唇から流れ出すのは、ほんの少し掠れたようなざらりとした質感の声。お願いします、と告げるかれの視線がふとこちらへ流れてきた。
 まともに目が合う。
 呼吸が止まった。
 ——かれだ。
「き……」
 喘ぐように声を絞り出す。意識するより先に、名前が口をついて出た。
「清光」

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戦争の終わりは意外な形で訪れた。
 加州清光は、政府からある日突然「あなたの役目は終わりました」と告げられた。
 時間遡行軍との戦いにはまだ決着がついていない。なぜ今、と問うと審神者が悲しげに答えてくれた。
 刀剣男士は物語の中に存在する刀剣を礎に織り上げられたかりそめの存在だ。付喪神と呼ばれてはいるが言ってみれば粗製濫造された複製品のようなもの。最初は知られていなかったが、戦争が進む中でかれらに耐用年数があることが判明した。戦闘中に前触れなく破壊される男士の数が増え、調査の結果かれらは経年変化により折れたのだということがわかった。
 そして、と審神者は言った。
 ——加州清光、あなたももう間もなく折れるのです。
 夢はいつもそこで終わる。
 目が覚めると気分は最悪だ。主からお前はもう要らないと宣告されるなんて経験、夢だろうが一度すればそれでもうお腹いっぱいなのに。
 自分が刀剣男士だったことを思い出したのは、つい最近のことだ。それまでごく当たり前の人間として生きてきた。進学を機に都心へ出、在学中に始めたモデルの仕事で食いつないでいたある日、撮影で訪れた公園のそばにあった博物館で清光はそれを見つけた。

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則宗。
 そのものではなかった。あのじじぃは何かとややこしい存在だったから。
 だが、そこに飾られていた太刀は間違いなく、本丸でともに過ごしたあのくそじじぃの魂の一部だった。
 思い出した瞬間、胸の中に大きな穴があいた。今まで自分がひとりぼっちだったことを、突然理解した。
 清光はその日、博物館のショーケースの前で閉館まで過ごした。涙は出なかった。
 
 街中ですれ違う元刀剣男士たちがわかるようになった。向こうは自覚があったりなかったりで、自覚があっても関わり合いを避けたがる者が多かった。同位体とも知り合った。どうやら加州清光はかつての同僚を懐かしむ傾向が強いらしく、最初のひとりと知り合ったその日にSNSのグループに招き入れられた。
 そう頻繁にやり取りがあるわけではないのだが、同位体だけに同じ話題が新参者から出るのもお決まりの流れらしく、
「同じ本丸にいた連中って、わかるものなのかな」
 と清光が尋ねると即座に返事が来た。
「今の所会ったことあるやつはいないけど、俺たちがお互いを別本丸の個体だって認識してるわけだし会えばわかるんじゃないの」
「同位体だからわかるだけで、他の男士はわかんないんじゃない?」

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 どうやらこのふたつが主流な意見のようだ。そして、
「実際再会したやつの話って聞いたことないし」
 と言う事実は皆が承知してるらしかった。
「もう俺たち刀剣男士じゃないんだし、過去を思い出したところで今が変わるわけでもないじゃん」
 というメッセージを読んだ清光は苦笑した。
 確かにその通りかもしれない。過去がどうあれ今はただの人間だ。特殊な力があるわけでもなく、集まったところでできることなどないのだから。
 しかしそれでも清光は思い出してしまったのだ。あのくそじじぃがいたことを。
 知ったからには何かせずにいられない。だが、何をすればいいのかわからない。
 焦りに突き動かされるようにして、清光はいろんなものに手を出した。趣味のサークルだの料理教室だの、モデル仲間の開くパーティーにもまめに顔を出したし、マッチングアプリにも登録した。いくつかは実を結び、清光は何人かの元刀剣男士とで会うことができた。
 その中にひとり、清光の希望となった者がいた。
「僕、同じ本丸にいたへし切と一緒に暮らしてますよ」
 宗三からそう聞かされた時、清光は我が耳を疑った。とうとう自分に都合のいい何かが聞こえるようになってしまったのかとまで思った。

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 だが、居酒屋のテーブルに身を乗り出した清光を宗三は焼き鳥の串を持った手でしっしと追い払った。
「近いですよ」
「ごめん」
 慌てて座り直し、もう一度さっきより控えめに上体を宗三の方へと倒す。近づいたぶんのけぞった宗三はあきれたように笑いはしたが、すぐにテーブルに肘をついて串に連なった砂肝をむしるように噛んで口の中へおさめた。
「同じ本丸にいたって、すぐにわかったわけ?」
「そこまではさすがに。思い出せると言っても記憶がはっきりしてるわけじゃないですからね」
 その感覚は清光にも理解できた。自分はかつて刀剣男士だったという記憶はあれど、長く人として過ごすうちにそれは少しずつ薄れてきている。則宗のことは鮮明に思い出せたが、博物館や美術館で他の刀剣を見ても同じことは起こらなかった。
 おかわりをしたレモンサワーのジョッキに浮いた水滴を指でなぞりながら、清光は唸った。
「確かにそーなんだよね……俺も今から十年前のことすらところどころしか覚えてないし、本丸でのことなんかさらにぼんやりとしか思い出せないもん」
 それなのにどうやって、と水を向けると宗三は咀嚼し終えた砂肝を飲み下して三杯目のビールをあおった。

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「覚えてることをお互いに話したんですよ。主はどんな容貌だったとか、印象に残る出陣のことだとか。ほとんど忘れたと言っても本丸のサーバは覚えていましたし、審神者の名前も同様です。僕らにとってはかつての主の一人に加わった名前ですからね」
 なるほどと清光は頷き、自分はどうだったかと記憶を探る。
 本丸のサーバは思い出せる。主の名は……ぼんやりとしている。手元に名を書いた紙があるのに、靄がかかって文字が読めないようなもどかしい感覚だ。
「……俺、主の名前って思い出せないかも……」
 愕然とする。当たり前に頭の中にいたし夢にだって見るのに、肝心の名前が出てこない。いらないと言われたことを思い出したくないと強く念じ過ぎたからだろうか。
「別にいいんじゃないですか。あなたが今会いたいのは主じゃないんでしょ」
 言われてはっと顔を上げる。宗三は細く長い指をひらひらと振った。
「僕とへし切は主の名前でお互いを確かめましたけど、それが作法ってわけじゃないですから。他にもあるでしょう、いくらでも。第一——」
 と言いかけて宗三は不意に口をつぐんだ。
「なに」
「いえ、別に」
「……ふうん」
 追求しても無駄だろうと、清光は引き下がった。

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この宗三は清光の本丸にいた宗三ではないが、一度言わないと決めたことをそう簡単に翻す性格ではないのはきっと同じだ。
「会えるのかな、俺も」
 心細さが声に出てしまった。
 宗三はからかうでもなく微笑み、小さく肩をすくめた。
「さあ、どうでしょう」
 気休めを言わないのが宗三らしい。清光は本丸にいた宗三のことを思い出して笑った。
 
 会えるかどうかなんてわかりませんよ、と言った宗三とは、しかしながらその後もやり取りが続いた。
 宗三自身はかつての刀剣男士たちとの再会にさほど興味がない様子だが、同居の長谷部が熱心なようだ。同じ本丸の男士にはその後巡り会えていないと言いつつ、出張ついでに各地で男士を見つけてじわじわとネットワークを広げているらしい。
 間に僕を挟むのも面倒でしょ、と宗三に言われて長谷部と直に連絡を取り合うようになってからは早かった。
 SNSのグループトークで目撃情報が飛び交う。精度は案外高くはなく、見間違いやら勘違いも多かった。だから清光も、そのテキストを見たときにあまり期待しないようにと自分に言い聞かせた。
『あれは多分御前だ』
 送信元は日光一文字だ。
 あやふやな物言いを好まないかれには珍しい口ぶりに、清光は眉根を寄せた。

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『車両が混んでいて動けなかった』
 なるほど、と思ってから混み合う電車に乗る則宗を想像してみる。どうにもぴんと来ない。
『電車、乗るかなあ』
『俺もそう思った。だが俺が電車に乗るのだから御前もきっと乗るだろう』
 長谷部が立ち上げたSNSのトークルームを覗くのは、清光の夜眠る前の日課になっていた。
 博物館で則宗を思い出してからすでに一年が経過している。その間に安定にも堀川にも再会したが、いずれも同じ本丸の男士ではなかった。
 清光は灯りを消したベッドの上で寝返りを打ち、日光への返信を打ち込んだ。
『路線と時間は?』
 次の休みに、その路線に乗ってみるつもりだった。

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「清光」
 という名が口をついて出たことに、則宗は驚いた。だが、今までどんなに脳裏の霞の中に目を凝らしても見えなかった、あの美しいアバターを作るときにぼんやりと浮かんでいた若者の名が清光であることに、則宗はいっさいの疑いを持たなかった。
 呼びかけられた青年は椅子の上ですんなりと細い脚を組み替えながら則宗を見上げ、先を促すように小さく首を傾げた。透明の雫のようなイヤリングが光を弾いて揺れる。
「あ——」
 と言って則宗は絶句した。
 喉が塞ぎ、声も言葉も出てこない。
 一体何を言えばいいのだろう。自分が確信しているのはこの青年の名が清光であるということだけで、他に何のよすがもないのだ。
 立ちすくんで息を詰まらせている則宗を見上げ、青年は軽く笑ってからちょうどカフェオレを運んできた店員に声をかけた。
「この人、俺の連れなんだ。そっちのテーブルと合流していいかな」
 店員はにこやかに頷き、則宗のテーブルにあった食べかけのプリンと紅茶を清光の席にセットして静かに店内へ下がっていった。テラスにはふたりだけが残される。
「座ったら?」
 と言われて則宗はどすんと椅子に尻を落とした。混乱と高揚とで、手足がぐにゃぐにゃに溶けてしまっているようだった。

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 あたたかいカフェオレの湯気をふっと吹いて一口飲むと、青年はいたずらっぽい笑みを浮かべて則宗を見やった。
「あんたは俺のこと知ってるの?」
 則宗は黙ったままかぶりを振った。うん、と相手は頷く。
「だと思った」
 どういう意味だろう。
「でも名前はわかるんだね。そーだよ、俺の名前は加州清光」
「かしゅう、きよ、みつ……」
「よくできました」
 笑って青年——清光は音を立てずに手を叩いた。
「あんたは?」
「僕は……僕は、一文字則宗だ」
 声が掠れる。清光を真似て紅茶を飲もうとカップに手を伸ばすと、震える指がソーサーにぶつかってがちゃんと音を立てた。
 その手に、清光の手が重なった。弾かれたように顔を上げる。
 濡れたような深い柘榴色の双眸が則宗を射抜いた。
「……寒いね。手が冷え切ってる」
 そう言うかれの手は温かかった。思いの外長く骨ばった指が、コートとセーターの袖口からするりと中へ入り込んで手首の内側をなぞる。
 ぞくりと背筋が震え、同時に身体の奥に熱がともった。
「あったかい場所に行こうか」
 則宗はわけもわからずに頷いた。

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「それじゃ、また連絡するから」
 と言って清光は手を振り去っていった。
 則宗は自宅の玄関ドアに縋ったままその背を見送り、まだ熱を持ったままの粘膜や皮膚のあちこち、それから重くてだるい腰をさすりながら鍵を開けて家に入った。
 まさか、だった。
 いや、期待はあった。あたたかい場所と言われ連れて行かれたのはちょっとこなれた感じのシティホテルだったし、シャワーを浴びておいでと微笑む顔も余裕たっぷりだった。ぷるぷる震えながらバスローブにくるまってベッドに近づいた則宗を見る目は完全に捕食者のそれだったから、自分たちはセックスをするのだということくらいは理解できたのだ。
 予想外だったのは、そのセックスがまさかの自分が受け身だったこと、あんなに何度もする羽目になったこと、そしてその場でさようならだとばかり思ったら清光が家まで送ると言い張ってここまでついてきたことだ。
 シャワーはもう二度も浴びたからもういいと、則宗は服のままベッドに倒れ込んだ。もちろんうつ伏せだ。
 清光ははじめてだと言った則宗のことを丁重に扱ってはくれたが、もうつらいからやめてほしいと何度訴えてもやめてはくれなかった。

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最終的に則宗はイきっぱなしになってしまい、泣いて許しを乞うてようやく清光の満足を引き出すことができたのだった。
 すごかった。
 そして、清光の執着もまたすさまじかった。むしろこちらが本題だとばかりに清光は則宗を質問責めにした。
 名前は? 住んでいるところは。誰か決まった相手はいるのか。恋人は? セックスを定期的にする相手はいる? 仕事は何をしてて休みはいつで、どういうサイクルで生活をしているのか、とにかくなんでも知りたがった。
 住まいを見てみたいと言い張り家までついてきた清光だったが、自身のことはあまり語らなかった。言いたくないから、ではない。則宗が質問する余地がないほどに、清光が質問を投げ続けてきたからだ。
 遊びや半端な気持ちでないことは、恋愛もセックスもバーチャルの経験しかない則宗にもわかった。骨身に染みるまでわからされた、と言う方が正確かもしれない。
 何もかもが変わってしまった。
 則宗は茫然としたまま、ベッドサイドに置いたVRゴーグルを見つめた。
 手に取る気には、もうなれない。
 だって本物を知ってしまったから。
 ぼんやりと遠かった面影を再現したあのアバターはきっと、本物の清光には叶わない。
「どうしよう……」

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つぶやく声は、ベッドでシャワールームで散々上げさせられた悲鳴と嬌声のために掠れている。
 どうしよう。
 人生が、世界が、変わってしまった。

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『御前だったか』
 日光がしたのは質問ではなく確認だった。ヘッドセットマイクの位置を調整し、清光は頷いた。
「そうだった。何も覚えてないみたいだったけど」
 ふむ、と日光は頷いた。
『お前の本丸にいた御前だったかはわかったのか?』
 清光は答えに詰まった。
『加州?』
「……わかんなかった」
 そうか、と呟くような声が返る。
 わかると思っていたのだ。少なくとも同じ本丸にいたら絶対にわかるはずだ、と。
 だが実際は、同じ本丸にはいなかったという断言すらできないありさまだった。わからないのだ、本当に。
 それでももう後戻りはできない。清光はあの則宗を抱いてしまったし、あの少し臆病そうなかれにすっかり心を奪われてしまった。この先清光と同じ本丸にいた則宗に出会えたとしても、もうかれの手を取ることはきっとできない。
「俺、すっごく軽率な真似しちゃったのかも」
 項垂れると日光が呼気だけで笑う気配が伝わってきた。
 刀剣男士の日光一文字なら、きっとこういう場面で笑ったりはしない。「そうだな」とかなんとか、清光の言葉をすっぱりと肯定していたことだろう。
『応じたのなら、軽率なのは御前も同じだ』
「そう、かなあ」

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『こういった場に参加している俺が言うのも妙なものだが』
 と前置きをして日光は話しはじめた。
『今生は人として生きているんだ。刀剣男士としての記憶はあるが、生き方まで記憶の通りにしなければいけない法はない』
 俺も、と言葉は続く。
『お頭ともう一度出会ったとして、また左腕になりたいかと言われたら返答に詰まる』
「——意外。あんたは山鳥毛に会いたくてこkにいるんだと思ってた」
『きっかけはそうだ。今も会えたらとは思っている。だが、会ってどうするかは俺がひとりで決めることではないだろう』
「そう、かも」
 ふと、宗三のことを思い出した。同じ本丸の則宗に会いたいと意気込む清光に宗三が言おうとしたのは、今の日光と同じようなことだったのかもしれない。
「話聞いてくれてありがと。気が楽になった」
『礼には及ばん』
 こういうところは変わらないな、と笑って清光は通話を切り上げた。
 携帯端末を手に取り、今日聞き出したばかりの番号を呼び出す。少しだけ迷ってから通話ボタンを押した。

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 呼び出し音の後、掠れた則宗のあの甘くて低い声が耳朶を打つ。
『——僕だ』
 これが、どこの一文字則宗なのかはわからない。でも今日ふたりは出会い、そして清光は彼に恋をした。
 それなら、すべきことはひとつだ。
「寝る前に声が聞きたくなっちゃったんだけど、その前にひとつ、昼間言い忘れたことがあって」
『なんだい』
 清光は息を吸い込んだ。
 今から、ここから。
 他の誰でもない、この自分とこのかれとで。
「俺の恋人になってくれる?」
 新しい恋を、はじめるのだ。

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