センシティブな則清とか加則加とか
二時間後、則宗は海の見えるカフェのテラス席で紅茶を飲んでいた。外気温は摂氏二十度を切っている上に海風が強く、わざわざテラスに出ている物好きはかれひとりだった。店員がお決まりの気遣いで置いて行ってくれたブランケットと足元だけを頼りなくあたためるヒーターは、それでも日差しのある今なら十分に仕事をしてくれる。
何よりポットから注いだ紅茶が身体を内側からあたためてくれていた。
則宗は貴族だ。
これは単なる比喩だが、しかしかなり正確に則宗の現状をあらわしている。
かれはただ座っているだけでそこらの勤め人があくせく働いても一生手にすることのないような金が懐に飛び込んでくる身の上なので、余剰の時間で社会奉仕をしてごくささやかな収入を得ている。表向きにはそれが彼の生業ということになっている。
生活はごくごく地味で質素だ。着飾りたいとも思わないし、美食にも美酒にも興味がない。美しい家具に囲まれて暮らしたいと思ったこともなかった。
それが課せられた役目だからかれは一文字という家の主をつとめあげ、家督を譲った今も人前に出るときだけはそれらしいふうを装う。華やかで明るく、明朗な人として振る舞う。
センシティブな則清とか加則加とか
そんな生活を、五年。
疲れはしなかった。そういうものだと思っているから当たり前にこなしていくことができる。ただ、ふとした拍子に思い出してしまう胸の中の巨大な虚は、歳を重ねるにつれ見ぬふりをするのが難しくなっていた。
そんな矢先だ。
たまにはこういう遊びもどうかと勧められたゲームで、かれに出会ったのは。
出会った、というのは少々正確さを欠く表現だ。正しくは、則宗がかれを作った。好みの容貌を——唇の薄さ、歯並び、爪の形に至るまで——作り込むことができるというのが、そのゲームの売りだった。
特定の誰かをイメージしたわけではない。だが、漫然とパーツを選んで並べるうちにぼんやりと浮かんでくる面影があった。遠い記憶の、紗幕の向こう側にいる誰か。
則宗はそれを夢中で再現した。名前は決めなかった。いずれふさわしい名を思い出せるだろうという予感があった。
かれとの逢瀬が暮らしの中心になるのに、時間はかからなかった。浮世の雑事を片付け、心置きなく架空の世界に飛び込む時間が何よりの楽しみになった。