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ハーパー・リー『ものまね鳥を殺すのは』改めて感想。

まず主人公の少女スカウトによる語りが素晴らしい。言語能力に優れ、話すことも読むことも巧みだけれどなにせ幼い(物語開始時は6歳)ので、人々の心の襞まで読み取ることができない。けれど1歳上の少年ディル(トルーマン・カポーティがモデル)の楽しい法螺話の後ろにある悲しみ、兄のジェムの苦悶が読者にははっきりと伝わってくる。かれら3人の、恐ろしいうわさに包まれた隣の家に侵入を試みたり、父アティカスの担当した裁判に潜入したりといった生き生きした子供の世界の描写が、重さもある物語を随分助けてくれているように思う。

作中に差別用語が使用されている、ということで一部で発禁にもなった本だけど、差別用語を使う側、白人側の階級社会や欺瞞が子供の目から描かれていて、そこがとても怖い。黒人青年を性暴行で告発した女性、教育も受けられないまま家族のケアに従事し虐待を受け、親切心から手を差し伸べた黒人青年を逆にこの世から消し去ろうとする彼女の心根よりも、裁判で彼女の環境が露わになってもそれを問題にせず、逆に無実の青年の誠実な優しさを分不相応だと糾弾する人々が怖い。こんな世界でどうふるまえばよいのだろう?

スカウトとジェムの父、アティカス・フィンチもヒーローのような人だけど、最後の最後、子供たちを助けにもう一人のヒーローが現れる。常に物語の背後にいた彼が、子供を救うために世界に飛び出す葛藤を思うとどうしても泣けてしまってしょうがない。彼とはじめて対峙したスカウトの、やさしさと敬意に満ちた、叔母さんから強要されたレディらしさとは一線を画する立派な態度も、彼女の成長を理解させて胸に来る。
アティカス・フィンチ曰「ほかの人の靴を履き、歩きまわってみなければ、その人を本当に知ることはできない」。スカウトは彼との出会いによって、彼の立場でものを見ることを学ぶ。
ここで見えたものについてはもう語らないけれど、この物語が深い愛情を持って閉じられたことをとてもうれしく思う。

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