戦後ずっとだったのでは?
結局、戦争犯罪にもまともに向き合えず「偉い人が目を剥きそうなタブー」には皆目を瞑り、男尊女卑の家族主義(個人主義の否定)は温存したまま(左翼でさえ、そこはダブスタ)の「民主主義教育」がなされていた。
そんなだから、うちの中でも、学校でも、女や子どもは、男性や「偉い人」を立てて、如何に男性や「偉い人」に気に入られるかが大事で、「人権」なんてことを考えたり言ったりしたら自分勝手でわがままで協調性がないと言われて嫌われちゃうから、そんなものは女や子どもには最初から与えられてなかった。
皆が言葉や知性を、自分の人生や生活とは乖離したものと思ってた。「頭のいい人たち」だけが唾を飛ばして上から説教して来るから、仕方がないから有り難がって正座してきかなければならない何かと思うことでやり過ごしてきたんですよ。
「あーめんどくさい!また人権、人権、講釈垂れて煩い人が来たよ」…みたいな…。
From: @Minako
https://mstdn-huahin.com/@Minako/113504002075576486 [参照]