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【ほぼ百字小説】(5491) 路面電車のある町で、路面電車のある町のことを思い出す。路面電車のあるいろんな町のこと。そして路面電車のあった町のこと。今ではもう路面電車のある町ではなくなってしまった町のこと。路面電車の中で思い出す。
 

【ほぼ百字小説】(5490) この季節のこの時刻には長く伸びる巨人の影がここまで届くから、今も変わらず巨人があの場所に立っているとわかる。子供の頃、あの巨人の近くの町から巨人を見上げたことがあった。今も夢を思い出すように思い出す。
 

【ほぼ百字小説】(5489) 今朝も亀の甲羅を磨いた。亀の子束子と歯ブラシでがしがし磨いていく。亀はくすぐったそうに手足と尻尾をじたばた動かするが、それでも逃げずにその場にいるのだから、気持ち良くもあるのか。亀のことはわからない。
 

【ほぼ百字小説】(5488) 生きている粘土だ。それが取りたい形を取るのに手を貸している。手を動かして作ってみて、もっとどうして欲しいのかを粘土に尋ねてまた手を動かすが、最近ではもう尋ねなくてもわかる。だいぶ粘土に近づいたのかも。
 

【ほぼ百字小説】(5487) 袋の中で暮らしたい。前からそう願っていたが、じつは最初からずっと袋の中にいて、そうとわかった今では、とてもこの袋から出ることはできず、だから袋の中で袋を作っている。あれ? 前にもこんなことしたような。
 

【ほぼ百字小説】(5486) 絶滅する前に機械化されたが腹に袋はついている。まあそれがいちばんの特徴だからな。しかし、フクロネコなんてものがいたとはねえ。えっ、そのことはあんまり言って欲しくない? それでネコ型を名乗っているのか。
 

【ほぼ百字小説】(5484) 涼しくなったので、ひさしぶりにきちんと磨いてやる。この夏の猛暑のせいか、物干しにいる亀の甲羅は、藻がからからに乾いたまま固くこびりついてがびがび。亀の子束子でこする。魔人は出てこないが、亀が頭を出す。
 

【ほぼ百字小説】(5483) 箱の中で映画を育てている。蓋にあけた空気穴のひとつに目をあてて覗くと、暗闇の片隅に四角い光が見える。少しずつだが大きく、そして時間は長くなってきている。どんな映画に育つのかは、観終わるまでわからない。
 

【ほぼ百字小説】(5482) 甲羅のあるものと翼のあるものとどちらもないものが、今後のことを相談する。甲羅のあるものは甲羅を、翼のあるものは翼を使って、やるべきことをやると言う。どちらもないものはとりあえず百字でそれを書きとめる。
 

【ほぼ百字小説】(5481) 目覚めると足の小指に蔓が巻きついていて、いったいどこから、と手繰っていくと郵便受けから外へ。そのまま蔓を手繰って路地を進んでいく。そう言えば、この町へもそうやって来たんだっけ。もうそんな時期なんだな。
 

【ほぼ百字小説】(5480) 西日の中でしか見ることができないものがある。すこし赤みがかった温かいような寒いような寂しいようなこの光で、ここに映写された映画みたいなものなのかもしれないな。そんな時刻に近所をただ歩きながら思ったり。
 

【ほぼ百字小説】(5479) 字数にして百字分くらいの何かを捕まえて、百字に置き換えて、次々に世に放つ。何のためにそんなことを続けているのか、放ったそいつらが何をするのか、そのうちわかるかもしれないし、わからないままかもしれない。
 

【ほぼ百字小説】(5478) 公園の木に早贄が並んでいる。何の早贄なのかはわからないが、それを知ろうと張り込んだ者たちが翌朝にはことごとく早贄になっていたことからしても、それらが何かの早贄であることは間違いない。もうすぐ冬が来る。
 

【ほぼ百字小説】(5477) 亀の中にも秋が来る。それは甲羅に入った秋で、ではこれまでそこにあったはずの夏はどこへ行ったのか。いや、そもそも同じ亀なのか。あんなに食っていた煮干しも食わないし。食っていたのは甲羅の中にいた夏なのか。
 

【ほぼ百字小説】(5476) ずっと住んでいる借家なのだが、今朝初めてこんな部屋があったことを知って、しかしそんなおかしなことはないだろうから、これは夢に違いない、などと考えている自分は、自分の頭の中の知らない部屋にいるのだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5475) 自転車でまっすぐな広い道を走って港を目指す。港の近くで昼間から劇の練習をするのだ。今日は衣装を着てやってみる。秋のはずだがまだまだ暑い。口の中で台詞を転がしながらペダルを踏み続ける。夏休みみたいだな。
 

【ほぼ百字小説】(5474) ようやく秋らしくなって物干しも涼しくなり、物干しで亀と話す時間も増えた。冬眠にはまだ早いが、もう何も食べなくなるこの時期、それでも亀が近づいてくるのは、話したいことが溜まっているのだろう。お互い様だ。
 

【ほぼ百字小説】(5473) 自分で自分を掘っているのは自分を掘り出すため、というのはわかっているが、もし自分を掘り出してしまった場合、この自分をどうすればいいのか、というのは自分でもわからない。まあ掘り出した自分に聞けばいいか。
 

【ほぼ百字小説】(5472) 機械の中から虫の音が、と驚いたが、虫が鳴いているのではなく、機械の音の中にこちらが勝手に虫の音を聞いてしまうらしい。そんなふうにして我々の脳は、失われた様々な音を聞けるのだ。そのための機械なのだとか。
 

【ほぼ百字小説】(5470) 稽古場にしている区民センターから駅までの近道を教わる。公園を抜け、路地を歩き、パチンコ屋の裏口から入って台の間を通って反対側のドアから出ると、道の向うは駅の改札。しかしどうやってこの道を見つけたのか。
 

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