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【ほぼ百字小説】(5146) ごとごとやっていた鼠の気配が消えてひと安心。ごとごと鳴るたびに、こちらもどたばた音を立てたのがよかったのか。いや待てよ、もうすぐ沈む船だからかも。鼠に尋ねようにも鼠はおらず、安心でもあり心配でもあり。
 

【ほぼ百字小説】(5145) フェンスに囲まれた空き地にも春の花がたくさん咲いていて、そんな中を細長い闇が歩いている。尖った耳と尾のある闇。フェンスに隔てられていることですっかり安心している様子で、それも含めていかにも春の闇だ。
 

【ほぼ百字小説】(5144) 人が桜の下を通り抜けているのではなく、桜が人の上をまたぎ越えているのだ。桜にまたぎ越えられながらそのことに気がついて、そして気づいたことはそれだけではなく、そうか、桜が散っているのではなく、人が――。
 

【ほぼ百字小説】(5143) あの交差点の隅であれを拾ってその先の歩道橋に置いてあるそれと引き換えに置き、それは向こうの空き地に投げ込む。だいたいそんなことを指示通り行うだけの簡単な仕事だが、夕方のニュースを見るのは好きになった。
 

【ほぼ百字小説】(5142) 前から戦争ごっこをやってみたくて、もうやってもいいんじゃないか、と思っている。それで大きい子たちの仲間にはいれるんじゃないか、と思っている。晩御飯までに帰ればいい、と思っている。帰れる、と思っている。
 

【ほぼ百字小説】(5141) なんだかんだで一年ほどかかったが、また朝起きることができるようになった。時間というのは、そして若いというのは、すごいものでありがたいものだ、と今朝思った。私はもう若くないし時間もあんまりないな、とも。
 

【ほぼ百字小説】(5140) あのウイルスの後遺症によって娘は頭が重い開店休業状態が続いていて、本人もそれを気にしているようだが、休んでいるというより、人類という種の今後のためにデータを集める仕事をしているのだと考えるべきだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5139) 天使と亀のことを考えて、頭の中は天使と亀でぎっしり。しかし天使と亀だけで隙間なく詰められるんだな、と感心してからよく見ると、あるのは亀だけ。亀と亀との隙間が天使の形なのだ。天使とはそういうものらしい。
 

【ほぼ百字小説】(5138) 亀の名を知ろうとする者が現れるだろうが、お前はその亀の名を誰かに教えてはならない。亀の名はお前と亀だけしかいないところでのみ発語されなければならない。それはお前と亀だけの秘密であり、そして契約なのだ。
 

【ほぼ百字小説】(5137) 万年生きるのではなくて、死の瞬間、それまで生きてきた時間が万年として確定されるのだ。つまり、この世界における時間とは、亀の死亡した時点から逆算されるものであり、その逆算過程そのものが、この世界である。
 

【ほぼ百字小説】(5136) 梅には鶯だが、桜には亀なのだ、と前々から主張しているのに、なかなかその認識は世間に広まらない。花筏の中に浮かぶ亀、とかそんな花札のある世界がどこかにあるのではなかろうか。たとえば、亀の甲羅の上とかに。
 

【ほぼ百字小説】(5135) 本当に花畑があるんだなあ、とは思ったが、その手前に金網があるのはなんとも野暮で、でもまあこうでもしないとすぐに踏み荒らされてしまうのかな。それにこの金網、私が娑婆から持ち込んだものなのかも知れないし。
 

【ほぼ百字小説】(5134) 向こうの岸にもこちらの岸にも桜が並んでいるから、条件さえ整えば水面に浮かぶ花筏を踏んで向こう岸まで渡れるはず。実際、そうやって渡る者を見かける。でも、帰ってこれなくなることも。まあそれはそれでいいか。 
 

【ほぼ百字小説】(5133) 夜桜だけは今も変わらない。いや、ライトアップなどしていない分、前よりもずっと良くなっているか。こんな春の夜には、ずらり並んで現れる。今夜は夜空に白く浮かぶあの桜の幽霊たちに酒を供えに行くことにしよう。
 

【ほぼ百字小説】(5132) 初めて見て魔法だと言われたら信じるくらいには、シャボン玉と魔法は似ていて、それはなんでも出せる舞台も同じだが、魔法を使いこなすにも相当な練習が必要だろうことを、舞台でシャボン玉を吹いた私は知っている。
 

【ほぼ百字小説】(5131) 大阪の地下にはいくつものダンジョンがあって、様々なトラップが仕掛けられているが、なんといってもそのいちばんの特徴は、攻略に成功したところで特に得るものはない、という点で、それがいちばんのトラップかも。
 

【ほぼ百字小説】(5130) 花に擬態した虫たちが、風をきっかけにしていっせいに枝から離れ、宙を舞いながら地面に落下していく。ひと通り終わると、虫たちは訓練された通り幹を登って、再び元の位置に着く。再生可能な桜吹雪と呼ばれている。
 

【ほぼ百字小説】(5129) いつからか音として聞こえるようになったから、この季節になるといたるところでいろんな大きさいろんな種類の爆発音を聞くことになる。ことにこんな満開の桜の下は、さながらお祭りの爆竹の中を歩いているかのよう。
 

【ほぼ百字小説】(5128) 水溜まりに映る太陽や雲の写真を撮るのをタルコフスキーごっこと呼んでひとりでよくやっていたことをふと思い出したのは、そんなこと忘れたまま水溜まりの太陽を撮ろうとしていたところに黒い犬が通りかかったから。
 

【ほぼ百字小説】(5127) ごろり仰向けになると青空を背景にした満開の桜は水底から見上げた花筏みたいで、でも、いつそんなものを見たんだっけ、と余計なことまで思い出しそうになり、桜の下の死者たちにとめられて慌てて考えるのをやめる。
 

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