» 「国家補償していない」 田中熙巳さん、受賞演説で「予定外」発言 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20241210/k00/00m/040/330000c
「もう一度繰り返します」
「原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたいと思います」
» 日本被団協 核廃絶実現に向け政府に要請へ | NHK | ノーベル賞2024 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241212/k10014665471000.html
”田中さんは2度にわたって言及した理由について、一夜明けた11日の記者会見で質問されると、
「しゃべっている中で、戦争の犠牲に対して国がどういう対応を取るかは日本の問題でもあるが、国際的な問題でもあるとふとあそこで感じたので付け足した。世界全体で、戦争と国民の犠牲との関係をどう作り上げていかなくてはいけないかということを考えてほしいという願望が表れたと思う」と述べました。
30年前に読んだこれを読み返してる。
奥付みたら1995年7月初版本だった。歳がばれる。。
もったいないな、来年あたり復刊すればいいのに。
遺族と戦後 (岩波新書 新赤版 399)
https://www.iwanami.co.jp/book/b268218.html
田中 伸尚 , 田中 宏 , 波田 永実
1 遺族の半世紀
遺族の戦後五〇年
日本遺族会の軌跡
変わっていく「遺族」
2 国家は遺族にどう補償したか
非軍国主義化と軍人恩給の復活
被爆者、引揚者、沖縄戦の犠牲者
戦後補償における国籍差別
高度成長下での変化と〝一国主義〟
3 戦没者をどう追悼するか
平和遺族会の誕生と歩み
国家による追悼
民衆の追悼意識
4 遺族と政治
日本遺族会と選挙
靖国神社法案
『遺族と戦後』から少し抜粋。
>1945年11月、恩給制度に関するGHQ渉外局の見解:
この制度こそは、世襲軍人階級の永続を計る一手段であり、その世襲軍人階級は日本の侵略政策の大きな源となったものである。日本人の一部が、軍人となることに魅力を感じている主たる理由の一つは、恩給がよいということにある。他の階級に比べて生活の苦しい農民は恩給があるがゆえに、その子弟を軍隊に送ったのであった。(中略)
もっとも、われわれは不幸なる人々に対する適当な人道上の援助に反対するものではない。養老年金や各種の社会保障の必要は大いに認められるが、これらの利益や権利は日本人全部に属すべきであり、一部少数者の者であってはならない。
現在の惨憺たる窮境をもたらした最大の責任者たる軍国主義者が、他の多数人の犠牲において極めて特権的な取扱いを受けるが如き制度は廃止されなければならない。われわれは、日本政府がすべての善良なる市民のための公正なる社会保障計画を提示することを心から望むものである」
(『日本社会保障資料Ⅰ』)
>遺族等援護法制定時の公聴会にて、社会保障の専門家、末高信 早稲田大学教授の意見:
戦争というのは、国民的、国家的な仕事でありますため、それによって受ける犠牲負担は、あらゆる階層、あらゆる人々に対して、ほぼ同一に発生すると考えられるのでございます。例えば [徴用工、勤労学徒、空襲被災者等] いずれも、戦時において自己の意思に反して戦争にかり立てられた者、あるいは戦争によって打撃を受けた方々であります。これらの方々に、何ら特別の措置を講ずることなく、単に軍人の遺族である、あるいは傷病者であるがために、特別の措置を講ぜられるということは、国民のうちに党中党を立てるような感じがありまして、私ども納得できないと思うのでございます。
終戦後、軍国主義的な、あるいは侵略主義的な色彩をわが国家から払拭いたしまして、民主主義の国家になったということは、少なくとも援護につきましては、無差別平等の原理、先程述べましたいろいろお気の毒の方々に対しまして、同様な援護が与えられるということに、一つの現れがあったかと思うのです。
(衆議院厚生委員会、1952年3月25日)
»「命を捨てろ。でも補償はしない」空襲被害者に冷酷すぎる日本政府(大前 治)
https://gendai.media/articles/-/56991
”政府は国民に危険な防空活動を義務づけた。その代わりにというべきか、空襲で被災した者には、「戦時災害保護法」(1942年2月制定)による援護が実施されていた。
”戦後の日本政府は「戦争被害の補償は軍人のみが対象である」と言っているが、それを不動の前提とするのは間違いである。戦時中には一般市民への援護制度が存在したことを忘れてはいけない”
» 74年目の東京大空襲(37) 同じ敗戦国のドイツは民間人にも補償 | 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20200708/k00/00m/040/407000c
”大日本帝国の同盟国だったドイツは敗戦まで、戦争犠牲者を援護する法制があった。しかし連合国の占領下で廃止された。この事情も日本と似ている。1949年、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立。翌50年、「戦争犠牲者の援護に関する法律」が制定された。
対象は、元軍人だけでなく市民も含まれる。さらにドイツ以外の国籍でも、ドイツ国内、もしくは損傷当時ドイツ国防軍の占領地域にあり、戦争の直接的影響により損傷を受けた場合などの条件を満たせば、対象となる。(中略)
民間人への補償や援護を、「国が雇用していなかった」という理由で拒んできた日本に比べると、非常に手厚い。日独と同盟していた枢軸国・イタリアは78年、西独と同種の法を制定した”
『昭和天皇の終戦史』はまだ生きてるんだなあ。わたしの持ってる1995年のもので8刷だけど、いったい何刷りなんだろか。。。
年末年始の空路のお供に、話題の『象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む』を買った。較べて読んでみたい。
戦後50年の年(1995)は、阪神淡路大震災があり地下鉄サリン事件があり、個人的にもいろいろあって強く印象に残っている。
「みんな本当はどんな気持ちで出征していったのか」が知りたくて、こんな本ばかり読み漁っていた。いま読み返すと、その視点から少し外れたトピックがメモリにまったく残ってなくてびっくりする。戦争マラリアの話とか、数年前に知ったような気がしていたけど『遺族と戦後』にちゃんと書いてあった。それ以上に、「空襲被害なんて国から補償してもらえるわけないよね」的な受忍論が頭のてっぺんからつま先まで行き渡ってて、10代で読んだときにはその ”自分の” おかしさにはまったく気づくことができなかったんだな、と愕然とした。
戦前の軍人恩給制度は、GHQが、日本の軍国主義の元凶だとして廃止(停止)するんだけど(勅令第六八号)、日本政府は主権回復後早々に軍人軍属の戦傷病者・戦没者に対する補償制度を復活させてしまうんだよね。(戦傷病者戦没者遺族等援護法、未帰還者留守家族等援護法、恩給法の復活)
じつは戦時中には民間人への補償制度があって(戦時災害保護法)、1942年からの3年間に、遺族、傷害、財産の3種の給付金だけで、約194万人の民間人に約7億円以上支払われている。
でも戦後、民間人に対する補償制度はいっさい復活させず、国との使用関係があった者だけに限定して、そこだけが拡充されていく。軍人と民間人はまっったく平等ではない。
受忍論(多かれ少なかれ国民のすべてが等しく戦争の被害を受けていたのだからみんな等しく受忍せよ)なんて、欺瞞も甚だしい。
日本遺族会は、補償を求めて圧力団体として力を強めていくうちに、戦争の防止と恒久平和だったはずの会の目的に「英霊の顕彰」を掲げたり、自衛戦争だと主張したりするようになっていく。
この本を初めて読んだころ、「遺族」が数を減らしていくまでは弱体化しないんだろうなと思っていたけど、こんにちまで「”遺族” が増えるようなこと」を起こさずに済んだのは幸いだよな、とは思う。