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yotsutabi さんがブースト

新自由主義は公共から余剰を奪い去っていくので、災害のような一度に大量のリソースを食うイベントには大変弱いと思う。コロナでもそうだったが、台風等の自然災害で大阪がどうなっていくか観察していけば確認できるだろう。

yotsutabi さんがブースト

医師とは技術者だろう。だが例えば情報技術を扱うような技術者ではない。人は都市にも郊外にも農村にもいる。どこにだって住むし、そこで暮らす人を助ければ生活できる。家族を無視すれば場所には囚われない。
私の父親に降り掛かった災難とはどういうものなのだろうか。医師であるべきだとされた父親はどのような苦痛を受けたのだろうか。医師会というのがあるという話を聞くが、その中での違和感についいて吐露している父親も見たことがある。あれは一体どういうことなのだろうか。

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なぜなのかを考えては忘れ、考えては忘れていた。そして今日、なんともなく思うのは、それは中心とすべき問題から外れていたからではないかと思うのだ。
郊外の地元で暮らしていた時、僕は子供だった。僕は親の周辺にいた。僕が生活していたというよりも、親の生活に依存していたのだった。そして父親は医師だった。僕が研究するべきだったのは医師やそれにまつわる生活、社会だったのではないか。
もちろん医師と社会を考える上で、郊外は一つのキーワードだろう。だが、やはりそれは一つの脇道に過ぎない。

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大学生のときに郊外について研究したいと思っていた。千葉郊外が地元である僕はそこでの暮らしに疑問を感じていた。一人ぼっちの鍵っ子で、自分自身の自閉的なところや他人の感情についてよく理解できないあり方からなのか、友達らしい友達を作りづらく、肩身が狭いといえば狭かった。
なので、そういう郊外の環境をより良くするにはどうしたらいいのかということを研究したかった。したかったのだが、なぜなのかうまくいかなかった。

カウンセリングで、自分を褒める発想について考えてみてはという提案を受けた。だけど、発想って何だろう。僕は日々発想せずに生きている気がする。最近は新しいことを何も思いついていない気がする。どちらかといえば今までのことの延長が必要だと思ってやってきてばかりきた。

しかしその気持ちも瞬間的で、どうせ持続しない。僕は食べる。僕は飲む。体は眠くなって寝る。体が動くように委ねる。

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名残惜しいが、早く終わってくれないかとも思う。

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感謝しなければならない。お返ししなければならない。謝れる人には謝らなければならない。

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僕は恵まれすぎている。死ぬのには惜しい。

坂口恭平さんのTwitterスペースが凄すぎた。相談してる最中に唐突にギター弾いて、その音色と歌で相談内容や相談相手の人柄を想い起こして、イメージを想定しながら再度お悩みに戻っていく、みたいな。それがラジオみたいにシームレスに流れてく。

前言撤回。お見合い30人全員にフラれたのも最高にウケるエピソードだし、「人生どうなるかなんてわかんないから」ってハッとさせられる言葉投げかけられて、やっぱ最高の父さんだったわ。

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なおざりにされることに慣れはしない。

しかし脳を捨てることはできない。死にたいとも思えねー。周りの人を苦しめることに絶対繋がるからな。

一回しか会ったことねーのに好きとかマジで俺の頭はおかしい。ドパミンが出まくりすぎる。

小説試作
一生懸命、先輩の分のコップを洗っていた。そうしたら、人感センサーが働かなくなって電気が切れた。僕は人間じゃないかもしれない。
チームの仲間が出勤していた。挨拶したら、挨拶し返してくれた。僕は人間なのかもしれない。
僕は人間と人間じゃないの間にいる。

あるいは「なぜ?」を考えすぎている?相手がなぜこの場にいるか?それはこういう理由だろう、そうなんでしょう?という感じで発言するから、存在理由をこちらが勝手に推察してあてがうから、相手に不安や恐れを無駄に抱かせてしまう。

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