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 14-16世紀の所謂「ルネサンス」期において、ネーデルランドはフィレンツェなどの北イタリアと並ぶ文化の中心地。

 ルネサンス期の特徴である(哲学者ではなく)文献学者はと言えば、最初に上がるエラスムスはロッテルダム出身、バーゼルで死去。「ユートピア」のトマス・モアはネーデルランド大使としてエラスムスと親交を結ぶが、最後はヘンリー8世の離婚に反対して処刑。

 「ユートピア」で出てくる「羊がヒトを食べる」エピソードはイングランドが当時、ネーデルランドの毛織物産業の原料である羊毛を供給地であったことを示す。領主達は羊の放牧地の確保のために小農民を土地から追い出した(所謂第一次囲い込み)。

 この北方の人文主義者達は、フィレンツェのフィチーノやピコ・デラ・ピランデルラのネオ・プラトン主義に多いに影響を受けた。

 人文主義者はカトリック内部での改革を志向していたが、ルター、さらにカルヴァンが出るに及び、宗教対立は決定的となり、ユマニスムの目指した「調和」の世界はマニエリスムへと滑り落ちていく。ネーデルランドではヒエロニムス・ボスの祭壇画などがこの「不安の時代」を象徴するとも言えるだろう。

 フーコーは『狂気の歴史』では、「大いなる監禁」のエピステーメーの「以前」として、ボスの絵画に長々と言及している。

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