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 「歴史学研究」に掲載されている、歴研創立90周年を迎えての「リレー討論」、いろいろな立場・分野の人が「ざっくばらん」に書いているので、毎号興味深く拝読している。

 今回は歴研編集長、委員長などを10年務めた小沢弘明さんの「歴史学研究会の『世界史的な立場』」である。

 「世界史的立場」というと、まるで京都学派のようだが、そうではない。1946年9月の歴研綱領に出てくる文言である。

 この綱領の文言ではすでに「祖国」の言葉があり、これは1949年7月の歴教協設立趣旨書では、「歴史教育は・・・祖国のない世界主義とも相容れない」となる。

 小沢さんは、この変化を一繋がりに記述しているが、私見ではこれはSCAP/GHQの「逆コース」に対応して、共産党が「民族・民主」を前景化させたことに対応する。

 また小沢さんはこれを「民族・民主革命」論として「戦後歴史学の初心」と呼ぶ。これは現在の歴研メンバーからすれば、思想的には違和感がある筈。しかし「歴史」としてみればどうであろうか?

 また、日本の歴史学は日本史・東洋史・西洋史の三分類と日本史のヘゲモニーを自明視しており、現在に至るまでそれは継続しているとされる。小沢さんはそれを批判しているのだが、少し日本史専門の人の反論を聞いてみたいものである。

🤣

細かいことを言えば、「日本史のヘゲモニーを自明視」しているのは日本史(ちょっと前までは「国史」)勢だけでしょう。

それはそれとして、「日本史・東洋史・西洋史の三分類」は便宜上温存しつつ、研究者の意識は大分自由になっていると思います。

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