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「グーテンベルクの印刷術には歴史的意味はなかったのか?」

 ここで蓮実重彦は、ルネサンス期のグーテンベルクの印刷術の画期性にこだわる林達夫を小馬鹿にし、「あんなものは、私の専門である19世紀に入らなけらば、ほとんど何の意味ももたなかった」という趣旨の発言をしている。

 しかし、この蓮実の主張、現在の歴史学からは完全に否定されている。

 グーテンベルクの印刷術は折からの宗教改革と絡まり合って、「聖書」の普及に巨大な影響を与えた。

 アナ―ル派が統計的手法で明らかにしたところでは、聖書の普及率と識字率、それにプロテスタントの拡大が連動してドイツからフランス北部へと波のように拡大していったのが確認されている。

 中世カトリックでは、聖書を読んだことのない教皇の方が多いくらいである。その代わりを務めたのは、カトリックという汎ヨーロッパ的組織を束ねていくための「教会法」。

 プロテスタントは基本、家で聖書を読むことを重要視するが、カトリックは「一人で聖書を読んではいけない」とする。それでは教会の解釈からはみ出し、「異端」に陥る危険があるからだ。

 いずれにせよ、近世における印刷術の普及は、18世紀には脱宗教化にも決定的な影響を与える。

 要するに蓮実の林達夫批判は完全に間違っていたのである。

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