ただし、高野岩三郎を中心とした憲法研究会(鈴木安蔵、森戸辰男、馬場恒吾ら)の憲法草案は「日本共和国」案でした。
日本政府側の憲法改正草案はほぼ明治憲法のままでしたので、GHQは民間の高野草案を示し、「人民(peuple)主権」を明記しない場合、民間での議論に委ねる可能性を示唆しました。
ここで日本政府側も妥協し、「国民主権」と翻訳した上で「国民」の定義は後に定める、という所謂「国籍条項」を入れさせた。
この際、日本の司法官僚の念頭にあったのは、旧植民地出身の在日コリアン、中国人の人々でした。彼らは「来るべき」独立の際、これらの人々を「国民」から排除することを最初から企図し、サン・フランシスコ講和条約とともに当該の人々の市民権は消失します。
ところで、日本国憲法は国会の審議過程で修正された部分もあります。その典型が25条の「生存権」。25条は高野岩三郎の弟子、森戸辰男の強い主張によって修正条項として追加されました。
ここにおいて「福祉」は国家に市民に対する「恩恵」ではなく「権利」であることが明記された。
しかし支配層は未だに「権利」ではなく「恩恵」としてしか考えていない。であるからこそ、「恩恵」としての福祉から政府は撤退する、という構え。
ですから改憲の対象は9条及び25条になるでしょう。