『コット、はじまりの夏』は原題どおりに本当に静かな女の子の話なんだけど、普通ならわかってくれる人に胸の中にあるものについて吐き出せてよかったね、となるところを最初から最後までずーっと「受け止めている」静かな子のままなのがすごくよいと思った。声どころか表情でも心の動きが伝わりづらいぶん、ほどけていくすべてが生活のアクションの中で示されていく。嘘のない身体の映画だ。
じっとしているようでこどもさんなので、自分だけを撫でてくれる手や役に立ってる実感が嬉しいし、走り出したら楽しい、のは伝わってくるんだよね。でもこどもさんなので(意外なほどよくわかっている一方で)誰もが気づきそうなことはわからない。通夜のあくび。ひとりでできるもん。
井戸から掬う水で木漏れ日を掬うようなショットだとか100回のブラッシングの窓辺とか、海の向こうの明かりとか、生活の風景の中の光がただただ美しい。
彼女は常に見ているし、聞いている、「本当のこと」を語ろうとしている。「本当のこと」をちゃんと受け止めるまでは言葉にしない。だからありがとうとかごめんなさいとかもそんなに言わない。「秘密」についてもしっかり距離を考えている。最後だって彼女は「本当のこと」しか言葉にしていない。でもそれが奇跡の瞬間になる。新鮮で、とても美しい作品だった。