映画『馬鹿まるだし』(1964) ※ネタバレ含む/人の死にまつわる表現 

投稿の後半にネタバレあり

山田洋次監督作。面白かった。色恋も暴力も社会風刺もごった煮のエネルギッシュなコメディ。
のちの『男はつらいよ』シリーズにつながる要素多数。主人公の純情さとか、任侠要素とか(寅さんはいわゆるやくざではないけど渡世人を自認しているし、初期には侠客風の振舞いをしばしばしていた)。

一方で相違点も多々ある。寅さんが風来坊とはいえ「家」というものとのつながりを保っているのに対し、本作の主人公である安五郎が完全に天涯孤独であるところは大きな違いだと思う。もし安五郎に帰るべき家や迎えてくれる家族があれば、この映画のような顛末にはならないと思う。

安五郎の直情的・行動的なところも寅さんの人物造形とは異なる。寅さんもそういう性質をもってはいるけど、人助けのためなら危険なことや違法行為もためらわずに実行するパワー系馬鹿の安五郎に比べると、色恋に悶々と思い悩む寅さんはナイーブにすら見えてくる。その並外れた行動力ゆえに、安五郎は町の人から頼られ、翻弄されていくのだけど。

半径数mの人々との関わりにフォーカスし、その機微を描くことが多い『男は~』に比べ、本作では安五郎を取り巻く小さな町の社会そのものを(おそらくは怒りをもって)描いているように感じた。その意味で、『男は~』の原型ではありつつもまったく異質の映画だと思う。

たまたま数日前に、同じコメディでもこれと対照的な作品を見た。
https://fedibird.com/@ultrasoramame/111149348331593517
本作でもシニカル、ドライに思える描写はあるけど、安五郎はじめ登場人物の感情を真っ向から映しとるような視点は『クルーレス』にはないものだと思う。

話の本筋とは関係ないけど妙に印象に残ったのが、劇中である人物(役名やセリフのないいわゆるモブキャラ)が首を吊ったことがナレーションで告げられるシーン。海の見える見晴らしのいい丘をバックに、少し斜めに傾いた死体の胸から下が映るシーンがスピーディーに挿入される。笑わせたいのかただの状況説明として入れたのか分からないけど、ちょっと面白い感覚だと思った。

あと、途中に出てくる大道芸人が、フェリーニの『道』と同じ体に巻いた鎖を引きちぎる芸をやっていた。


●ここからネタバレ●
最終盤にとても印象深いシーンがあるのだけど、その印象深さを自分の筆力で表現するためには終盤の展開を丸ごと書かなければ難しいのでそうする。




物語の終盤、安五郎は町の権力争いに巻き込まれ、やくざ者として町の人から白い目で見られるようになる。そんな折、町の娘が武装した3人組に連れ去られてしまう。警察官が対処に及び腰ななか、町の人はそれまで鼻つまみ者扱いをしていた安五郎に救出を頼みに行く。安五郎は迷った末に頼みを聞き入れるけど、その決意のきっかけは「お前の長年慕っていた女性がぜひにと頼んでいる」という嘘なのだ(ちなみに嘘をつくのは、自身もかつて安五郎に娘を助けてもらった町の有力者)。

誘拐犯のもとに赴く途中で安五郎は当の女性に会い、それが嘘であることを知る。激しく動揺し、女性に引き留められながらも安五郎は誘拐犯のもとへ向かう。結果的に娘を無事救出するが、安五郎は大けがを負う。ダイナマイトの爆風を受ける直前の安五郎が印象的だ。放心しながらも、やり遂げたぞ、町の人の期待に応えたぞ、というような満足げな笑顔。

時が経ち、思いを寄せ続けた女性はほかの男性と結婚することになる。安五郎は、まともに動かない体で女性に祝いの言葉を述べに行く。両者のしぐさと会話から、安五郎が視力も失っていることが分かる。

さらに時が経ち、安五郎は馬鹿げた死に方をする。安五郎がこの町で最初に世話になった寺の息子(すでに住職になっているようだ)が訃報を聞き、妻に「片付いたよ」と冗談交じりで言う。内心に悲しみを秘めるがゆえの軽口であることを窺わせるような描写は特になく、とてもドライな反応だ。

住職が、かつて誘拐犯から助けられた娘と往来でばったり会う。娘は成長して幼い子を連れている。住職から「安さんが死にましたよ」と聞かされて「安さんて?」と問う。命を賭して娘を助けたために深刻な後遺症を負った安五郎は、名前を憶えられてすらいないのだ(娘は当時すでに10代なかばか、それ以上の年齢だったと思われる)。

かつて自分を助けた人のことであると教えられた娘は、「あああの人、そう…お気の毒に」と答える。住職が「いやあ惜しい男を亡くしました」などといい、バイクにまたがったまま念仏を1秒ほど唱える。娘が「じゃ、ごめんください」と言う。2人は別れ、カメラがズームアウトする。安五郎が奔走していた頃とは見違えるように発展した町が映し出され、映画は終わる。

#映画 #コメディ映画 [参照]

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