「民度」は植民地主義語彙だろという指摘だが、これって90年代だと宮台が流行らせた単語だから、80-90年代においては論壇語彙が実際の階級や統治といった背景抜きでバーチャルな文化所属感の範囲で作用していた、しかし00年代以後はそのふんわりした使用法がグロテスクに見える段階に入り、統治層が元の意味で使い始める時代に入った、という説明で回収できる面もあるな。

90年代に使われるときには、麻生が言うようなニュアンスは希薄に響いた、ってのがある

yukito-ashibe.hatenablog.com/e

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冷戦期日本社会の言説秩序のなかでは、この手の保守言説の語彙(マスメディア批判や大衆社会批判、愚民論なども隣接していた)は、階級意識と分離した、バーチャルなマウント言説だった面があって、少なくとも現在よりそうだった。
だが、江藤淳は実際に富裕層エスタブだし、階級背景とそのファミリービジネスはいまや可視化されてるし、平民が「俺も愚民論好きです〜」と言う場合の醜悪さや捩れが、もう誤魔化せなくなってるのが現在だと思っている。

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